血の気が引いたまま、私は黙って包帯を巻いた。
キッチンに立ち、まだじんじんと痛む指をそのまま夫に見せる。
「これ、何回注意した?」
夫は口を開きかけて、言葉を失った。
私は一歩も引かなかった。
「数えてみて。何回言った?」
沈黙。
その沈黙で、全部分かった。
分かってて、無視してた。
私はそのまま、食洗機から包丁を取り出し、
シンクに“音を立てて”置いた。
カン、と乾いた音が響く。
「今日で終わり」
夫が小さく「ごめん」と言う。
でも私は止めなかった。
「痛いのは私だけじゃない」
視線を逸らさずに続ける。
「もしこれ、息子が触ってたら?」
夫の顔色が一気に変わった。
私はさらに踏み込んだ。
「その時、“ごめん”で済むと思う?」
空気が固まる。
「一生後悔することになるよ。
それくらい、分からないの?」
夫は完全に黙った。
その瞬間、関係が変わったのが分かった。
私は静かに宣言した。
「これから包丁は全部、私が管理する」
「食洗機に入れるのも禁止」
「どうしても使いたいなら、全部確認してから」
もう“お願い”じゃない。
ルールだ。
夫は小さく頷いた。
それ以降――
「これでいいですか?」
「この向きで大丈夫ですか?」
毎回確認してくるようになった。
あれだけ何度言っても直らなかったのに。
一度の流血で、全部変わった。
私は指を見ながら、静かに思った。
危険を理解させるのに必要だったのは、
言葉じゃなかった。
“現実に起きたケガ”だった。
そして同時に、こうも思う。
――刺さったのが私で、本当によかった。
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