「今日は俺が奢る!好きなもの食べな!」
夫がそう言い出したのは、本当に突然だった。
普段そんなことを言う人じゃない。
だからこそ、少しだけ違和感があった。
でも隣で息子が目を輝かせていた。
「サイゼ行きたい!」
その一言で決まった。
私たちは3人で、近くのサイゼリヤに向かった。
店に入ってからも、夫はやけに機嫌が良かった。
息子に「好きなの頼めよ」と何度も言って、いかにも“いい父親”という雰囲気を出している。
私は、少しだけ考えた。
こういう時、調子に乗って頼むと後で空気が悪くなる。
経験上、それは分かっていた。
だから私は、一番安いメニューを選んだ。
1000円にも満たない、軽い食事。
本当はもう少し食べたかった。
でも、それよりも優先したのは「空気」だった。
“普通の家族”でいる時間を壊したくなかった。
食事は問題なく終わった。
息子は満足そうに「パパごちそうさま!」と言い、
私も笑って「ごちそうさま」と言った。
その時までは、何も問題なかった。
——帰宅するまでは。
息子が寝た後、夫が突然口を開いた。
「お前さ、会計の時に財布も出さなかったよな」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「え?だって奢るって…」
そう言いかけた私に、夫は被せるように言った。
「普通さ、“出すフリ”くらいするだろ」
その一言で、頭の中が静かになった。
怒りというより、理解だった。
ああ、そういうことか。
あれは“奢り”じゃない。
ただの“見栄”だったんだ。
自分が良い父親に見られるための演出。
その裏で、私は“気が利かない妻”にされた。
一気に、どうでもよくなった。
私は淡々と聞いた。
「奢るって言ったよね?」
夫は一瞬黙ったが、すぐに視線を逸らした。
その反応で、確信した。
この人は、自分が間違っているとは思っていない。
だから私は、その日からルールを変えた。
全部。
外食は完全別会計。
生活費も、それぞれ負担。
私は自分の分しか出さないし、用意もしない。
夫の分は、夫がやる。
最初は笑っていた。
「何それ、大げさじゃない?」
でも、その余裕は長く続かなかった。
外食のたびに全額自分持ち。
コンビニも重なると地味に高い。
何より、“誰かが用意してくれる前提”が消えた。
数日後、夫がぼそっと言った。
「最近、金かかるんだけど」
私はすぐに答えた。
「今まで私が出してた分だよ」
そこで、やっと黙った。
私はさらに、冷蔵庫に一枚のメモを貼った。
・外食(3人分)平均○○円
・食材費(1週間)○○円
・弁当1回分 約○○円
そして最後に一行。
「“奢り”ってこういうことだよ」
夫はそれを見て、何も言わなかった。
それ以降、「奢る」という言葉は一度も使っていない。
謝罪も、まだない。
でも、それでいいと思っている。
今回のことで、はっきり分かったから。
この人にとって“奢る”は、
相手を思いやる行為じゃない。
ただ、自分をよく見せるためのものだった。
だったら、私は期待しない。
対等でいればいい。
それだけで、十分だと思っている。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]