夜中にふと目が覚めた。
理由は分からない。
ただ、なんとなく胸騒ぎがした。
静まり返った家の中で、
かすかに物音がした気がした。
「……カチャ」
台所の方から。
一瞬で眠気が消えた。
誰かいる。
でも、そんなはずはない。
家には私と息子しかいない。
心臓の音がやけに大きく響く中、
ゆっくりと布団から出た。
足音を立てないように、
廊下に出る。
暗い中で、台所の方を覗いた。
そして、そのまま固まった。
――息子がいた。
仏壇の前に、きちんと正座して。
遺影の方をじっと見ている。
そして、小さく何か話していた。
誰かと会話しているみたいに。
「……なにしてるの?」
思わず声をかけた。
息子はびくっとして振り返った。
でもすぐに、少し困ったような顔をして言った。
「だって……」
言葉を探すみたいに少し黙ってから、
ぽつりと続けた。
「おじいちゃんが、お腹すいたって言うから」
――え?
一瞬、理解できなかった。
息子はそのまま続けた。
「ほら、いっぱいあるから一緒に食べようって」
そう言って、
供えてあった料理の方を見た。
そして、箸を持って、
少しずつ料理を動かしている。
まるで、誰かに取り分けるみたいに。
背筋が、ぞくっとした。
怖い。
そう思ったはずなのに、
次の瞬間、違う感情が込み上げてきた。
祖父は、生前よく言っていた。
「遠慮するな」
「いっぱい食べろ」
孫が来ると、
自分の分まで分けてくれる人だった。
「じいちゃんのも食べなさい」
それが口癖だった。
息子は、それを覚えていたんだ。
怖い話なんかじゃなかった。
ただ、あの人らしいだけだった。
私はゆっくり息子の隣に座った。
「おいしい?」
そう聞くと、
息子は嬉しそうにうなずいた。
「うん、おじいちゃんのごはん」
その言葉で、
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
仏壇の前で、
二人で並んで座る。
遺影の中の祖父は、
いつも通り優しく笑っていた。
まるで、本当にそこにいるみたいに。
「ほら、もっと食べなさい」
そう言ってるような気がした。
私はそっと手を合わせた。
怖さは、もうどこにもなかった。
ただ少しだけ、寂しくて、
そして少しだけ、あたたかかった。
あの日から、供えた料理が減っていても、
不思議と怖いとは思わなくなった。
むしろ、少し嬉しかった。
これって、
ただの気のせいなのか、
それとも本当に——
あの人も一緒に、食べていたのか。
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