両親が亡くなったのは、突然だった。
連絡を受けた時、現実味がなかった。
でも病院で顔を見た瞬間、全部終わったって分かった。
そこからは、あっという間だった。
通夜、葬儀、手続き。
感情を整理する暇もなく、
ただ流されるまま時間が過ぎていった。
そして、葬儀の後。
親戚が集まった部屋で、
ようやく「これから」の話になった。
……なるはずだった。
でも、最初に出た言葉は違った。
「で、遺産ってどうなってるの?」
一瞬、耳を疑った。
まだ線香の匂いも残ってる。
さっきまで泣いてたはずの人間が、
もう金の話をしてる。
誰も止めなかった。
むしろ、それが“普通”みたいな空気だった。
そのあとに出てきたのは、弟の話。
でも内容は、全部同じだった。
「この子、どうするの?」
「正直、うちじゃ無理だよ」
理由はいくらでも出てくる。
「うちは子供がいるし」
「仕事も忙しいし」
「受験とか、そんな余裕ないでしょ」
全部もっともらしい。
でも本質は一つ。
――誰も背負いたくない。
その中の一人が、ため息混じりに言った。
「医者になりたいんだっけ?」
弟は小さくうなずいた。
その瞬間、空気が変わった。
「いやいや、現実見なさい」
「そんなお金、誰が出すの?」
笑いながら言うやつもいた。
まるで、冗談みたいに。
でも一番きつかったのは、その次だった。
「施設の方が本人のためじゃない?」
優しい口調だった。
でも中身は、完全に切り捨てだった。
“可哀想”って言いながら、
“面倒は見ない”っていう一番楽な選択。
さらに追い打ちみたいに言われた。
「お兄ちゃんもああいう仕事でしょ?」
「正直、まともに支えるのは厳しいよね」
――ああ、そういう見方なんだ。
俺のことも、弟のことも。
全部、理解した。
弟はずっと下を向いてた。
何も言わない。
言えないんだと思う。
夢を否定されて、
居場所までなくなりかけてる中で。
その顔を見た瞬間、決まった。
もういい。
俺が前に出た。
「もういいです」
部屋が静かになった。
全員がこっちを見る。
そのまま続けた。
「こいつは、俺が見る」
一瞬、誰も反応できなかった。
だからもう一歩踏み込んだ。
「医者にもさせる」
空気が固まった。
さっきまで好き勝手言ってた連中が、
全員黙った。
でも一人が言った。
「いや、そんな簡単な話じゃ——」
最後まで聞かなかった。
「分かってます」
そのまま、はっきり言った。
「だから、口出さなくていいです」
完全に止まった。
誰も、何も言えなくなった。
あの時、初めて見た。
人が“何も言えなくなる瞬間”。
そのまま席を立った。
弟の肩を軽く叩いて、外に出た。
後ろから何か言ってた気がするけど、
全部無視した。
あいつらの言葉は、もう必要ない。
外に出た時、弟が小さく言った。
「兄ちゃん、ごめん」
その一言で、全部分かった。
こいつ、本気で諦めるつもりだったんだ。
「謝んな」
それだけ言った。
その日の夜。
弟からLINEが来た。
「俺、大学諦めて働くよ」
やっぱりか、と思った。
でも同時に、腹の奥から何かが湧いた。
すぐに打った。
「ふざけんな」
「お前は医者になる」
「金は全部、俺がなんとかする」
既読がつくまでが、やけに長く感じた。
そして返ってきた。
「……本当にいいの?」
即答だった。
「いいに決まってるだろ」
「お前は一生シャーペン握ってろ」
そのあと、電話した。
出た瞬間、泣いてた。
でも、その中で言った。
「俺、絶対に医者になる」
その一言で、全部決まった。
親戚?
どうでもいい。
あいつらが何言おうが関係ない。
むしろ全部覚えてる。
あの時の顔も、言葉も。
だから思ってる。
絶対に見返す。
あいつが白衣着て立った時に。
「施設に入れろ」って言ったやつらの前で。
その日が来るまで、俺は何でもやる。
これって、
無理してるだけなのか、
それとも当たり前のことなのか。
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