夫に、明日の弁当用に作ったそぼろを全部捨てられた。
きっかけは、たったそれだけのことだった。
でも、私の中では“それだけ”では終わらなかった。
あの日の朝、私は少し早く起きて、ひき肉を炒め、調味料を丁寧に合わせて、そぼろを作った。明日も仕事で忙しいから、少しでも自分が楽になるように。そんな、よくある“段取り”の一つだった。
それなのに。
仕事から帰って冷蔵庫を開けた瞬間、違和感に気づいた。
あったはずの容器がない。
嫌な予感がしてシンクを見たら、そこに見覚えのある保存容器が沈んでいた。
そして三角コーナーの中には、あのそぼろ。
一瞬、理解が追いつかなかった。
「これ、どうしたの?」
そう聞いた私に、夫は何の悪気もなくこう言った。
「なんか古そうだったから捨てたけど?」
その瞬間、頭の中で何かが切れた。
怒鳴ることもできた。責めることもできた。
でも、私は何も言わなかった。
ただ一つ、はっきりと理解した。
これは食べ物の話じゃない。
“私の時間とお金”が、雑に扱われたということだ。
だから私は、その日からやめた。
料理を。
弁当も、夕飯も、作らない。
買い物も、下ごしらえも、何もしない。
そして、ただ一言だけ伝えた。
「自分の分は、自分でどうぞ」
最初の数日は、夫も軽く考えていたらしい。
コンビニや外食で済ませればいい、そう思っていたのだろう。
でも現実は、そんなに甘くなかった。
毎日の外食は想像以上にお金がかかる。
コンビニ弁当も飽きるし、栄養も偏る。
何より、帰ってきて“何も用意されていない”という状況が、じわじわと効いてきた。
一方の私はというと、自分の分だけを作るようにした。
食費も、時間も、すべて自分のためだけに使う。
そしてある日、私は一枚の紙を冷蔵庫に貼った。
そこには、こう書いてあった。
・ひき肉 ○○円
・調味料 ○○円
・調理時間 約40分
・弁当1回分の価値 ○○円相当
合計金額の横に、こう書き添えた。
「これが“捨てたもの”です」
夫はそれを見て、初めて黙った。
それでもまだ、完全には理解していなかった。
「そんな大げさな…」
そう言いかけた夫に、私は静かに返した。
「じゃあ今の外食代、いくらかかってる?」
その一言で、ようやく顔色が変わった。
それから数日後。
夫は自分で弁当を作ろうとしたらしいが、うまくいかず、結局コンビニに戻っていた。
その姿を見て、私は何も言わなかった。
ただ、思った。
“やっと分かったんだな”って。
結局、夫は謝ってきた。
「ちゃんと考えてなかった。ごめん」
その言葉を聞いても、すぐには元に戻す気にはなれなかった。
だって、これはそぼろの話じゃない。
積み重なってきた“当たり前”の話だから。
今はまだ、私は自分の分しか作らない。
でも、もし本当に分かってくれたなら――
その時、また考えればいいと思っている。
正直に聞きたい。
これって、私がやりすぎ?
それとも、普通だと思う?
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