あれは、出張帰りの新幹線だった。
連休最終日。
自由席は地獄みたいに混んでいて、
私はかなり前から指定席を取っていた。
疲れていたし、
正直、座れるだけで救いだった。
でも——
自分の車両に入った瞬間、
嫌な予感がした。
私の席に、知らない男が座っていた。
四十代くらい。
スーツ姿。
しかも完全にくつろいでる。
最初は普通に声をかけた。
「すみません、そこ私の席なんですが」
男は一瞬だけこっちを見た。
でも——
そのまま無視。
イヤホンを触りながら、
スマホを見続けている。
え?
聞こえなかった?
そう思って、もう一回言った。
「そこ、私の指定席なんで、どいてもらえますか?」
男、舌打ち。
そしてまた無視。
その瞬間、空気で分かった。
あ、この人——
“無視し続ければ相手が折れる”って思ってる。
周りの乗客も気づいていた。
でも誰も助けない。
まあ、そうだよね。
面倒ごとに巻き込まれたくない。
私だって本当は嫌だった。
正直ちょっと怖かった。
逆ギレされたら?
殴られたら?
最近変な事件も多い。
一瞬、駅員を呼ぼうかとも思った。
でも発車まであと少し。
荷物も重い。
デッキまで戻るのもしんどい。
しかも男、完全に
“どうせ女は強く言えない”って顔してる。
その態度が、めちゃくちゃ腹立った。
その時だった。
後ろの席の子どもが、小さい声で言った。
「ママ、あの人わるい人?」
母親が慌てて止める。
車内の空気が変わった。
男も少しイラついた顔をした。
でも、まだ動かない。
その瞬間。
なんかもう、全部どうでもよくなった。
私は静かに言った。
「失礼しまーす」
そして——
そのまま男の膝の上に座った。
男、完全に固まった。
「……は?」
周囲も凍った。
でも私は普通に言った。
「だって、私の席なんで」
男の太もも、めちゃくちゃ硬かった。
たぶん全身に力入ってたんだと思う。
数秒沈黙。
そのあと、車内のどこかから
「ブフッ」って吹き出す声が聞こえた。
さらに別の席からも笑いを堪える音。
男の顔が一気に赤くなる。
さっきまで偉そうだったのに、
急に周囲を気にし始めた。
そして小声で言った。
「……どけよ」
私は笑顔で返した。
「そこ、私の席なので」
その瞬間、
周りから完全に“こっち側”の空気が出た。
男は耐えきれなくなったのか、
舌打ちしながら立ち上がった。
「チッ……」
荷物を乱暴に持って、
自由席側へ消えていった。
車内、少しざわつく。
私は周囲に軽く頭を下げた。
「お騒がせしました」
すると近くのおばさんが笑いながら言った。
「あなた強いわねぇ」
いや、本当に。
あの時は深夜テンションみたいなものだったと思う。
普段なら絶対やらない。
でも——
図々しい人って、
普通に注意しても通じない時がある。
あの男、たぶん今までも
“無視すれば勝ち”で押し通してきたんだと思う。
でも今回初めて、
“もっと面倒な相手”に当たっただけ。
新幹線が動き出して、
私はやっと深く息を吐いた。
正直、ちょっと怖かった。
でも同時に思った。
こういう時、
空気を壊す側が悪いんじゃない。
最初から人の席を奪って、
無視を決め込んだ側が悪いんだって。
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