「出発3分前に消えた彼氏をホテルで見つけた。電話5回も無視されて、その理由をロビーで見た瞬間、私は静かにスマホを取り出した」
20時50分。品川駅のホームで、私はスマホを握りしめていた。
発車ベルが鳴る中、通話履歴には「キャンセル」の文字が5回並んでいる。
「……なんで出ないの?」
LINEも既読がつかない。
3分前まで、「もうすぐ着く」って言ってたのに。
胸の奥がざわざわした。
でも、そのまま立ち尽くすわけにはいかなかった。
今日のために、有給を取った。
新幹線も、ホテルも、全部彼の希望通りに私が手配した。
金額は合計で18万円。
ここで引き返す方が、よっぽどバカみたいだった。
「……行こう」
私はそのまま一人で新幹線に乗った。
車内では、ずっとスマホを見ていた。
既読はつかない。
電話も鳴らない。
途中で一度だけ、通知が来た。
「ちょっと体調悪くて、先に休んでる」
短い一文。
思わず笑いそうになった。
「体調悪い人が、連絡全部無視するんだ」
違和感が、確信に変わり始めていた。
ホテルに着いたのは、22時過ぎ。
フロントで名前を告げると、スタッフは丁寧に頭を下げた。
「ご予約はお二人様で承っております」
「ええ、そうですね」
私は静かに頷いた。
そのとき、背後から声が聞こえた。
「チェックインお願いしまーす」
聞き覚えのある声。
振り返った瞬間、時間が止まった。
彼だった。
隣には、見たことのない女が立っている。
距離は近く、明らかに“そういう関係”の空気。
彼も、私に気づいた。
「……え?」
顔色が一瞬で変わる。
女が不思議そうに私と彼を見比べた。
「知り合い?」
私は一歩だけ近づいた。
「うん、知ってるよ」
彼の目をまっすぐ見て、笑った。
「私、この人の彼女」
空気が凍った。
「……え?」
今度は、女の顔が変わる番だった。
「ちょっと待って、それどういうこと?」
彼は口を開いたまま、何も言えない。
私はゆっくりスマホを取り出した。
「これ、今日のLINE」
画面には、さっきのメッセージ。
『体調悪くて、先に休んでる』
そのまま、女の方に向ける。
「元気そうだけどね?」
「……は?」
女の声が低くなる。
「え、ちょっと待って。体調悪いって言ってたの?」
私は頷いた。
「そう。だから一人で来たの」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、女が彼を睨んだ。
「どういうこと?」
「いや、その……」
完全に詰んでいる顔だった。
逃げ場がないって、こういう顔を言うんだと思った。
私はさらに一歩踏み込んだ。
「あとさ、このホテル」
二人の間にスマホを差し出す。
「予約、全部私の名前なんだよね」
フロントのスタッフも、状況を察したのか黙っている。
「だから――」
私は画面を操作した。
「今、キャンセルした」
静かな音が一つ鳴る。
「え?」
彼の顔が青くなる。
「ちょ、待って、それは……!」
女も動揺している。
「え、泊まれないってこと?」
私は肩をすくめた。
「そうなるね」
そして、最後に一言だけ付け足した。
「“体調悪い人”と泊まるの、大変でしょ?」
女が一瞬で彼から離れた。
「最低……」
そのまま、彼に背を向ける。
「もういい、帰る」
「ちょ、待って!」
彼は慌てて追いかけようとしたが、足が止まる。
私の方を見て、何か言おうとした。
でも、言葉は出てこなかった。
私はそれを見て、少しだけ笑った。
「18万円、無駄にしなくてよかった」
フロントに向き直る。
「すみません、一人で泊まれますか?」
スタッフはすぐに頷いた。
「もちろんでございます」
彼の気配は、もう後ろにない。
私はそのままキーを受け取って、エレベーターに乗った。
扉が閉まる直前、スマホが震えた。
彼からの着信。
私はそれを一度だけ見て、
そのままブロックした。
静かに、画面を閉じる。
「……遅すぎるよ」
エレベーターが上に上がっていく。
部屋に入ると、大きな窓の向こうに夜景が広がっていた。
一人で見るには、少し広すぎる部屋。
でも、不思議と寂しさはなかった。
むしろ、やっと全部終わった気がした。
ベッドに腰を下ろして、深く息を吐く。
「……これでいい」
スマホをテーブルに置いて、窓の外を見た。
もう、振り返る必要はない。
あの人がいなくなった分だけ、
ちゃんと、自分の時間が戻ってきた気がした。
「私の時間、ナメないで」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
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