中目黒の駅前のパチンコ屋に「時給4000円 ホールスタッフ急募」の張り紙を見つけて速攻応募した。
大学の学費を、自分で稼がないといけなかった。
普通のバイトは、時給1200円くらい。
そんな時、中目黒の駅前で、その張り紙を見つけた。
「時給4000円 ホールスタッフ急募」
その場で電話をかけると、すぐに面接が決まった。
指定されたのは、店ではなく、裏通りの古い雑居ビルだった。
エレベーターのない、5階建て。
中には、スーツの男が一人、座っていた。
年齢は、わからなかった。四十代にも、六十代にも見えた。
「よく来たね。座って」
声に、抑揚がなかった。
「ホールスタッフの募集ですよね」
「ああ、そう書いたね」
男は、私の顔をじっと見た。
「仕事は簡単だよ。この部屋で、
モニターを見ているだけ」
机の上に、小さなモニターが一つあった。
映っているのは、どこかの、誰もいない廊下だった。
「何か映ったら、このボタンを押す。それだけ」
「何か、というのは」
「見ればわかる。押すべき時は、体が勝手に、わかるから」
意味が、わからなかった。
「押したら、どうなるんですか」
「それは、知らなくていい」
男の目は、まばたきをしなかった。
「一つだけ、ルールがある」
「はい」
「モニターに、自分が映っても、絶対にボタンを押さないこと」
背筋が、ぞわりとした。
「自分が、映る?」
「たまに、映るんだよ。この部屋には、誰もいないのにね」
男が、初めて、少しだけ笑った。
「前の子はね、それを押してしまった」
「押したら、どうなったんですか」
男は、答えなかった。
代わりに、机の引き出しから、一枚の紙を出した。
前任者が書いた、業務メモらしかった。
几帳面な字で、注意事項が並んでいた。
一番下の行だけ、字が、ひどく乱れていた。
「廊下の奥から近づいてくる時は、もう遅い」
私は、その紙を、静かに机に戻した。
「すみません。今回は、辞退します」
「そう」
男は、引き止めなかった。
ただ、部屋を出る私の背中に、一言だけ、かけてきた。
「賢いね。でも、もう応募した時点で、名簿には載ったから」
振り返ると、男は、モニターを見ていた。
その画面に、ビルの階段を降りていく、私の後ろ姿が、映っていた。
まだ、部屋の中にいるのに。
私は、走って、ビルを出た。
あの張り紙は、今も、中目黒の駅前にある。
時給4000円の仕事が、何だったのか。
今も、わからない。
ただ、あれ以来、時々、視線を感じる。
誰もいない、廊下の奥から。
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