玄関を開けた瞬間、家の空気がいつもと違うのが分かった。
リビングの電気はついている。
テレビの音はしない。
キッチンから包丁の音もしない。
ただ、床のどこかから、妙に冷たい沈黙だけが漂っていた。
私は靴を脱ぎながら、嫌な予感を覚えた。
こういう時の予感は、だいたい当たる。
そして当たってほしくない時ほど、きれいに当たる。
リビングに入ると、妻がソファに座っていた。
腕を組み、こちらを見ようともしない。
テーブルの上には、白い紙が敷かれていた。
その上に、私の社用iPhoneが置かれていた。
いや、置かれていたというより、展示されていた。
画面は蜘蛛の巣のように割れ、黒いガラス片が細かく光っていた。
背面もひびだらけだった。
角は欠け、カメラの周りにも傷が走っている。
一瞬、何かの事故かと思った。
落としたのか。
踏んだのか。
車にでも轢かれたのか。
けれど、すぐに分かった。
これは偶然ではない。
感情で壊されたものの壊れ方だった。
「これ、どうしたの」
私はできるだけ低い声で聞いた。
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