「心拍が確認できません。」
医師の言葉が私の耳に届いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。あまりにも突然の告知に、私は一瞬何が起きたのか理解できなかった。心臓がどんどん早く打ち、呼吸が荒くなった。目の前がぼやけてきて、涙が自然と溢れてきた。
その後、医師が続けて言った。「残念ながらお子さんはもう…。母体への負担も考えて、今日処置をすることもできます。」
私は涙をこらえながら、必死に言った。「お願いです、もう一週間待ってください。」
医師はため息をつきながらも、優しく答えてくれた。「分かりました。でも、ご自分を責めないようにしてください。」
私はその言葉を胸に、無力感に押し潰されそうになりながらも、産婦人科を後にした。
病院を出た瞬間、空気が冷たく感じられた。
心の中は、どうしてこんなことに…という思いでいっぱいだった。お腹の中の小さな命が、もうこの世に生まれてくることはないのだと思うと、言葉も出なかった。
私は涙を拭いながら、姑に電話をかけた。「お義母さん、ごめんなさい。お腹の子はダメだって…来週、処置してくることになりました。」
電話の向こうで、義母が泣きながら言った。「大丈夫?謝らなくていいのよ、あなたが一番辛いんだから。」
その時、私はまだ信じられなかった。心の中で、何度も何度も「本当に終わりなの?」と問いかけていた。でも、現実は私の心の中の希望とは裏腹に、冷たく突き放していた。
その一週間が、まるで何年ものように感じられた。毎日が苦しくて、空を見上げると「どうしてこんなことになったんだろう」としか思えなかった。夜も眠れず、日中も涙が止まらなかった。お腹の中で、子どもが生きているのかどうか、毎日毎日祈るように思いを馳せた。
でも、次第に心の中で、「まだ何かが起こるかもしれない」という微かな希望を持ち始めた。あの小さな命を信じたい、まだ諦めたくないという気持ちが、少しずつ私の中に芽生えていった。
そして、一週間後。再び産婦人科に足を運んだ。ドキドキしながら診察室に入ると、医師が驚きの表情で言った。「あれ!?おお!心拍だ!良かった、心拍が確認できたよ!」
その瞬間、私の頭が真っ白になり、言葉も出なかった。涙が溢れ、声にならないほど嬉しくて、ただただ泣いていた。
その時の医師の顔、嬉しそうな声、それを見て、私はようやく安心して、心から涙を流すことができた。
その後、切迫流産、切迫早産と、次々に試練が訪れたが、私は諦めなかった。どんなに辛くても、命を守るために全力を尽くした。そして、無事に元気な女の子が生まれてきてくれた。
あの日、あの瞬間、諦めなければならなかった命が、奇跡のように戻ってきたことを、今でも鮮明に覚えている。あの時の涙、あの時の感動、全てが私にとってはかけがえのない宝物だ。
それから25年が経ち、今、あの子は成人して結婚を控えている。まさか、あの時、命の危機を乗り越えた後に、こんな幸せな日が訪れるなんて、夢にも思わなかった。
子どもが生まれた瞬間、私は何度も何度も「ありがとう」と言いたくなった。
あの小さな命が、こんなにも素晴らしい人生を私にもたらしてくれたことに、心から感謝の気持ちでいっぱいだ。
今、この子が結婚を考え、私と一緒に家族の新しい一歩を踏み出すその瞬間、私はまた涙がこぼれる。
「ありがとう。あなたが生まれてきてくれて、本当にありがとう。」
あの日から、何度もその言葉を胸に、今日までの道のりを振り返りながら歩んできた。
命の奇跡と、家族の支えに感謝しながら、これからも一歩一歩、幸せを積み重ねていこうと思う。
今でも、あの時の「心拍が確認できたよ」という医師の言葉が、私の中で一番の宝物だ。