「これだけしかないので、先にレジに行ってもいいですか?」
その瞬間、私は手に持った牛乳パックを握り直した。振り返ると、そこにはニコニコ顔の年配女性。小さなヨーグルト一つを片手に、私の目の前に立っていた。
「……え?」
私は一瞬フリーズした。夕方のスーパー、レジ前は長蛇の列。前にも後ろにも、まだ何人も待っている。もし私が「どうぞ」と言ったら、あの女性だけでなく、後ろの全員を飛ばしてしまうことになる。公平感ゼロ。心の中で舌打ちが出そうになった。
「いや、並んでください」
私は冷静を装いながらも、内心は少しムカムカ。だって、順番を守るのは当たり前のこと。誰か一人でも勝手に先に行ったら、全員が被害を受けるのだ。
女性は目を丸くした。「え……?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔。どうやら、断られるとは思っていなかったらしい。
しかし、彼女は諦めなかった。
「前の方に聞いてもいいですか?」
小声で、でも何度も私の前の男性に声をかけている。男性は少し困惑した顔をして、そして……
「ああ、いいですよ」
その瞬間、列の空気が微妙に変わった。まさかの了承。しかし、私はここで引かない。次の瞬間、私はハッキリと言った。
「その代わり、この方の順番をあなたが引き受けて、最後尾に並び直してください」
男性も女性も固まる。後ろの人たちもざわつく。列の流れが止まった瞬間だった。
「後ろにも並んでいる人がいますよね?」
私は続けた。声は穏やかだが、言葉には揺るがない重みがあった。
すると、後ろの人からも小さな声が上がる。「確かに」「順番ですからね」「それが公平ですよ」
たった数秒で、列の雰囲気が一変した。さっきまで静かだった後ろの列が、一気に私の味方になったのだ。
女性の笑顔は次第に固くなり、小さく肩をすくめながら最後尾へ歩き出した。
私は小さくガッツポーズ。内心の爽快感が溢れ出す。
「これでいいんだ。ルールを守る人が正しいと認められる世界。
」
スーパーの小さな戦場で、私は一つの勝利を手にした。
列の最後尾に並び直した女性は、もう誰にも声をかけようとはしなかった。
あの「これだけなんですけど」は、今日限りで通用しない。
そして、数分後、私の番が来る。
レジで会計を済ませ、買い物袋を手に取った瞬間、ふと後ろを振り返る。
先ほどの女性はまだ列の途中に並んでいる。そしてもう、誰にも文句を言っていない。
周囲の視線も、さっきとは違う。微笑む人、頷く人、軽く拍手する人もいる。
「正しいことを言えば、周りも味方になる」
そう心で呟きながら、私は買い物カートを押して出口へ向かった。
公平と秩序を守った満足感。誰にも譲らず、でも誰も傷つけずに手に入れた爽快感。
振り返ると、スーパーの通路は再び平和に。
小さな風波は、私の一言で収まり、ルールを軽んじる者たちは静かに学んだのだ。
今日の勝利は、私だけのものではない。
列に並ぶ全員に、「順番を守ることが当たり前である」ことを、静かに示す一歩になった。
そして私は、心の中で笑った。
「これで明日からも、このスーパーで同じことをする人はいないだろう」