注文を終えて番号札を受け取った直後、店員さんが一枚の紙を持って入口へ向かいました。
そこに大きく書かれていたのは、
「緊急閉店のお知らせ」
でした。
私は一瞬、何かの機械トラブルかと思いました。
店内にはまだお客さんがいました。
レジ前にも数人並んでいました。
すると、すぐに不満の声が上がりました。
「え、今並んでたんだけど?」
「閉店ってどういうこと?」
「まだ21時でしょ?」
一人の男性は、かなり強い口調で店員さんに詰め寄りました。
「こっちは10分も待ってるんだよ。今からでも作れるだろ」
店員さんは何度も頭を下げていました。
「申し訳ございません。本日は安全な商品の提供が難しい状況でして……」
でも、その説明を聞いても男性は引きません。
「虫がどうとか書いてあるけど、外の話でしょ?中で作ればいいじゃん」
その言葉を聞いて、私は入口の外を見ました。
そこで初めて気づきました。
店の外のライト周辺に、かなりの数の虫が集まっていたのです。
普通の“何匹か飛んでいる”程度ではありません。
ドアが開くたびに、店内へ入り込んでもおかしくない状況でした。
私はようやく、店員さんたちの顔が青ざめていた理由が分かりました。
これは「早く帰りたいから閉める」なんて話ではありません。
食品を扱う店として、危ないと判断したから閉める。
むしろ、かなり勇気のいる判断です。
それなのに、さっきの男性はまだ文句を言っていました。
「たかが虫だろ」
「金払うんだから売れよ」
「こっちは腹減ってんだよ」
私はそこでスマホを取り出しました。
まず、入口に貼られた閉店のお知らせを撮りました。
次に、外のライト周辺に集まっている虫の様子も撮りました。
そして、その男性に聞こえるくらいの声で言いました。
「食品を売る店が、この状況で閉めるって、むしろちゃんとしてると思いますよ」
男性がこちらを見ました。
私は続けました。
「ここで無理に営業して、もし虫が入った商品が出たら、今度はあなたみたいな人が一番に怒るんじゃないですか?」
店内が一瞬、静かになりました。
さっきまで小声で文句を言っていた人たちも、入口の外を見ました。
そして、誰かがぽつりと言いました。
「あれは確かに無理だわ……」
空気が変わりました。
店長らしき人が奥から出てきて、すでに注文済みのお客さんに丁寧に説明を始めました。
「本当に申し訳ございません。本日、安全に商品をご提供することが難しいと判断いたしました。ご注文分は返金対応させていただきます」
さらに、待っていた人たちにはお詫びの案内もしていました。
怒鳴っていた男性も、さすがにそれ以上は言えなくなっていました。
さっきまで「作れるだろ」と言っていたのに、外の虫の量を見た途端、口数が減っていきました。
店員さんは最後まで頭を下げていました。
でも私は、あの判断は間違っていなかったと思います。
むしろ、あそこで営業を続けていた方が怖い。
お腹が空いているのは分かります。
急に閉まったら困るのも分かります。
でも、食品安全より自分の都合を優先しろというのは違います。
最後に、若い店員さんが小さな声で言いました。
「ご迷惑をおかけしてすみません。でも、危ないものを売るわけにはいかないので」
その一言で、私は完全に納得しました。
店を閉めるのは、逃げではありません。
守るための判断です。
文句を言うのは簡単です。
でも、責任を取って止める判断ができる店の方が、私は信用できます。