領収書に「61,500円」と出た瞬間、私は酔いより先に違和感で目が覚めた。
北新地の店にいたのは、どう考えても40分ほど。
なのに明細には、なぜか90分ぶんの料金が入っていた。
「すみません、私たち40分しかいませんよね?」
私はレジ横で、できるだけ落ち着いて聞いた。
店員は一瞬だけ固まって、それから作り笑いを浮かべた。
「こちら、システム上そういう計算になりますので」
その言い方で、私はさらにおかしいと思った。
システム上?
では、入店時間は何時なのか。
注文時間は何時なのか。
退店時間は何時なのか。
そこを聞いているのに、店員は肝心な数字を出そうとしなかった。
「いや、滞在時間を確認したいだけです」
私がそう言うと、店員の顔から笑顔が少し消えた。
隣にいた友人が小声で言った。
「もういいよ、こういう店で揉めるの面倒だし」
たしかに、周りの視線も気になる。
こういう場所で会計に文句を言うと、こっちがケチみたいに見られる。
でも私は、その領収書を見たまま思った。
これは金額の問題じゃない。
40分を90分にされて、黙って払うかどうかの問題だ。
私はスマホを開いた。
まず、店に向かう前の友人とのLINE。
「今から入る?」と送った時間が残っている。
次に、タクシーを降りた時間。
アプリの履歴には、到着時刻がきっちり出ていた。
さらに、友人が店内で撮った写真。
そこにも撮影時間が残っている。
そして、会計前に私が送った「そろそろ出る?」というメッセージ。
全部を並べると、どう頑張っても90分にはならない。
最大でも40分少し。
私は画面を店員に見せた。
「これ、入店前の時間です」
「これが店内で撮った写真の時間です」
「これが会計前のメッセージです」
「どう計算したら90分になりますか?」
店員は黙った。
さっきまで「システムです」と言っていたのに、急に後ろのスタッフと目を合わせ始めた。
しばらくして、別の男性が出てきた。
たぶん責任者だった。
「お客様、こちら最低料金の関係でして……」
私はすぐに聞き返した。
「最低90分なら、入店時に説明されましたか?」
男性は一瞬、言葉に詰まった。
「通常は、そういう形で……」
「通常ではなく、私たちに説明しましたか?」
その場の空気が変わった。
近くで会計を待っていた別のお客さんも、自分の明細を見始めた。
店側はそれに気づいたのか、急に声を小さくした。
「少々お待ちください。確認します」
私は黙って待った。
怒鳴らなかった。
責め立てなかった。
ただ、スマホの証拠と領収書を手元に置いていた。
数分後、責任者が戻ってきた。
「確認したところ、時間の入力に誤りがあったようです」
さっきまでの「システム上」はどこへ行ったのだろう。
「では、40分で再計算してください」
私がそう言うと、責任者は小さくうなずいた。
そして、修正後の金額が出された。
多く取られていた分は、その場で返金された。
友人は目を丸くしていた。
「本当に戻ってきた……」
私は新しい領収書を受け取りながら、店員に言った。
「払えないんじゃないです」
「納得できないものを、黙って払いたくないだけです」
店員は何も言い返さなかった。
店を出たあと、夜の北新地の空気がやけに冷たく感じた。
でも、気分は悪くなかった。
むしろ、胸の中はすっきりしていた。
もしあの時、友人に言われるまま「まあいいか」で済ませていたら。
もし明細を見ずにカードを出していたら。
もし「こういう店だから」と諦めていたら。
私は余計な料金を払ったうえに、ずっとモヤモヤしていたと思う。
大事なのは、声を荒げることじゃない。
証拠を出すこと。
数字を確認すること。
そして、相手が曖昧にごまかそうとした時に、こちらまで曖昧にしないこと。
40分と90分。
たったその差を聞いただけで、店側の態度は変わった。
私は最後に、領収書をもう一度見た。
修正された数字を見て、心の中でつぶやいた。
「不是我付不起,是我不想被当傻子。」
払うべきものは払う。
でも、払う必要のないものまで、黙って差し出すつもりはない。