朝、いつものように馬房の周りを見回っていた時でした。
囲いの近くに、見慣れないものが置かれていました。
排水溝の横に、丸ごとのキャベツ。
そのそばに、袋に入ったにんじんがいくつも。
最初は、誰かが落としていったのかと思いました。
でも、近づいてすぐに分かりました。
これは落とし物ではありません。
馬が首を伸ばせば届く位置に、わざわざ置かれていたのです。
私は一気に血の気が引きました。
にんじんならまだしも、キャベツは本当に危ない。
馬が食べるとお腹を壊すだけでは済まないことがあります。
疝痛を起こせば、最悪の場合、命に関わることもある。
置いた人は、きっと悪気なんてなかったのでしょう。
「馬さんに食べてほしい」
「野菜なら健康にいいだろう」
そんな軽い気持ちだったのかもしれません。
でも、その“善意”が一番怖いのです。
馬の体のことを知らない人が、勝手な判断で食べ物を置く。
食べた後に苦しむのは馬です。
夜中に異変に気づいて走るのは私たちです。
獣医さんを呼んで、祈るような気持ちで見守るのも私たちです。
置いた本人は、その場にいません。
私はすぐにスマホを取り出しました。
キャベツとにんじんの位置が分かるように写真を撮りました。
時間も記録しました。
どの場所に置かれていたのかもメモしました。
それから、すぐに責任者へ連絡しました。
「囲いの横に野菜が置かれています。馬が届く位置です」
責任者はすぐに来てくれました。
二人で周囲を確認すると、同じように何かを置かれた形跡がいくつかありました。
正直、ぞっとしました。
今回たまたま私が早く見つけただけです。
もし巡回が遅れていたら。
もし馬が先に気づいていたら。
そう考えるだけで、背中が冷たくなりました。
私たちはその場の野菜をすぐに撤去しました。
そして、囲いの近くをもう一度すべて確認しました。
それだけでは終わらせませんでした。
その日のうちに、入口と囲いの近くに大きな告知を貼りました。
「無断で食べ物を与えないでください」
「善意の投げ入れでも、馬の命に関わる場合があります」
「特にキャベツは絶対に置かないでください」
強い書き方だと思う人もいるかもしれません。
でも、やさしく書いて伝わらないなら意味がありません。
これはマナーの話ではありません。
命の話です。
翌朝、私はいつもより少し早く巡回に出ました。
嫌な予感がしていたからです。
すると、囲いの向こうに昨日と同じような袋を持った人が立っていました。
その人は周りを見ながら、また野菜を置こうとしていました。
私はすぐに声をかけました。
「すみません、それを置かないでください」
相手は驚いた顔をしました。
そして、少し不満そうに言いました。
「え?馬にあげようと思っただけですけど」
やっぱり、そうでした。
悪意ではない。
けれど、分かっていない。
私は怒鳴りませんでした。
でも、はっきり言いました。
「そのキャベツ、馬が食べたら疝痛を起こすことがあります。最悪、死ぬこともあります」
その瞬間、相手の顔色が変わりました。
「え……キャベツってダメなんですか?」
「ダメな場合があります。少なくとも、知らない人が勝手に置いていいものではありません」
責任者も来て、丁寧に説明してくれました。
馬は何でも食べていいわけではないこと。
体調や量によって危険になること。
勝手な投げ入れが、どれだけ現場を困らせるか。
相手は最初こそ戸惑っていましたが、最後には小さな声で謝りました。
「すみません。喜ぶと思っていました」
私はその言葉を聞いて、少しだけ力が抜けました。
喜ばせたい気持ちは、たぶん本物だったのでしょう。
でも、本当に好きなら、まず知ってほしい。
可愛いから食べ物をあげる。
それは愛情ではありません。
相手の体を守ることまで考えて、初めて愛情です。
その日から、囲いのそばに野菜が置かれることはなくなりました。
後日、告知を見た人からも声をかけられました。
「知らなかったです。書いてくれてよかったです」
その一言で、貼ってよかったと思いました。
たった一つのキャベツ。
たった数本のにんじん。
でも、それが命を奪うことだってあります。
善意なら何をしてもいいわけではありません。
知らないままの親切ほど、危ないものはない。
馬を守るために、私はこれからも遠慮せず言います。
「勝手に食べ物を置かないでください」
それは冷たい言葉ではありません。
命を守るための、いちばん大事な言葉です。