駐輪場に、軽自動車が突っ込むように停まっていました。
最初は、誰かが一瞬だけ荷物を降ろしているのだと思いました。
けれど違いました。
車は店の入口前の駐輪スペースを斜めにふさぎ、後ろの自転車はほとんど出せない状態。
しかもすぐ横には、はっきりと「駐輪場」と書かれた表示がありました。
私は思わず足を止めました。
ちょうどその時、運転席から年配の男性が降りてきました。
私はできるだけ穏やかに声をかけました。
「すみません、ここ駐車場じゃないですよ」
すると男性は、こちらを見ることもなく短く答えました。
「知ってます」
一瞬、聞き間違いかと思いました。
知ってます?
知っているのに停めた?
私はその場で固まりました。
まだ「気づきませんでした」と言われた方が、よほど納得できました。
けれど男性は悪びれる様子もなく、財布をポケットに入れ、ゆっくり店の入口へ向かおうとしました。
その後ろでは、買い物を終えた女性が自転車を出そうとして困っていました。
前輪を少し動かしても、車の横に当たりそうで出せない。
別の高校生らしき子も、ハンドルを持ったまま立ち尽くしていました。
私はもう一度だけ言いました。
「自転車が出せなくなっていますよ」
男性は振り返り、少し面倒くさそうな顔をしました。
「すぐ戻るから」
その一言で、私の中の何かが切れました。
すぐ戻るかどうかの話ではありません。
ここは駐車場ではない。
しかも本人は、それを知っている。
私は言い返しませんでした。
その代わり、スマホを取り出しました。
車の停まっている位置。
駐輪場の表示。
出せなくなっている自転車。
全部、淡々と写真に残しました。
男性はそれを見て、少し表情を変えました。
「何撮ってんだよ」
私は静かに答えました。
「店の方に説明するためです」
そのまま店内に入り、サービスカウンターに向かいました。
店長らしき男性が出てきたので、私は写真を見せながら状況を説明しました。
「駐輪場に車が停まっています。注意したら、本人は“知ってます”と言いました」
店長の顔つきが変わりました。
「知っている、とおっしゃったんですか?」
「はい。なので、間違えて停めたわけではないと思います」
その一言で、店長はすぐに動きました。
店内放送が流れました。
「お客様にご案内いたします。
駐輪場にお車を停められている方は、ただちに移動をお願いいたします」
数十秒後、さっきの男性が出てきました。
さっきまでの強気な態度は少し消えていましたが、それでもまだ不満そうでした。
「ちょっと買い物するだけだろ」
すると店長が、落ち着いた声で言いました。
「こちらは駐輪場です。お車を停める場所ではありません」
男性は言い返しました。
「だから、すぐ動かすって言ってるだろ」
店長は少しも引きませんでした。
「お客様は、ここが駐車場ではないと分かったうえで停められたんですよね」
その瞬間、男性の口が止まりました。
私が横から何か言う必要はありませんでした。
店長の一言で、もう逃げ道がなくなっていたからです。
さらに店長は続けました。
「他のお客様が自転車を出せずに困っています。次に同じことがあった場合は、管理会社と警察へ連絡します」
周囲にいた人たちも、自然とその車の方を見ていました。
誰も大声は出していません。
でも空気は完全に変わっていました。
男性は小さく舌打ちのような音を立て、車に乗り込みました。
そして無言でバックし、ようやく駐輪場から出ていきました。
車が動いた瞬間、ふさがれていた自転車が一台、また一台と出せるようになりました。
さっき困っていた女性が、私に軽く頭を下げてくれました。
高校生も小さな声で「ありがとうございます」と言ってくれました。
私は大したことをしたわけではありません。
ただ、見て見ぬふりをしなかっただけです。
年齢は関係ありません。
若くても、年配でも、守るべきルールは同じです。
「知ってます」と言いながら迷惑をかける人には、感情で怒鳴るより、証拠を残して正式に動く方が効きます。
その日の帰り際、店の入口には新しくカラーコーンが置かれていました。
そこには大きく書かれていました。
「駐輪場です。車の駐車はご遠慮ください」
私はそれを見て、少しだけスッキリしました。
ルールを守らない人が一番嫌がるのは、怒鳴られることではありません。
自分の身勝手さを、みんなの前で静かに明らかにされることです。