うちの駐車場、そこまで狭くない。
普通に停めれば、ドアなんて余裕で開くし、隣の車とも適度な距離は保てる。
なのに——隣の車だけは、なぜか毎回、限界まで寄せてくる。
本当に、数センチ。
助手席側なんて、ほぼ開かない。
無理に開ければぶつかりそうな距離で、毎回ヒヤヒヤする。
最初は何も言わなかった。
「忙しくて雑に停めただけかもしれない」
「たまたまだろう」
そう思って、少しだけ自分の車を寄せて調整したりもした。
でも——
次の日には、また同じ。
そのまた次の日も、同じ。
明らかにおかしい。
偶然じゃない。これは習慣か、もしくは確信犯だ。
正直、かなりストレスだった。
仕事終わりに疲れて帰ってきて、
最後にこれをやられると、一気に気分が削られる。
「なんで毎日こんな気を使わなきゃいけないんだよ」
何度も思った。
でも、相手の車の持ち主には一度も会ったことがない。
どの部屋の人かも分からない。
注意することすらできないまま、
ストレスだけが積み重なっていった。
そして——
ある日、限界が来た。
「……もういい」
私は、自分の車をいつもより右に寄せた。
相手と同じくらい、いやそれ以上に。
ドアが開けにくいのは分かってた。
でも、あえてそのままにした。
「一度、自分で体験しろ」
そんな気持ちだった。
翌朝。
出勤前、少し早めに家を出た私は、
駐車場の様子を遠くから見ていた。
すると——
隣の車の持ち主が現れた。
初めて見る顔だった。
ドアに手をかける。
……開かない。
少し強く引く。
やっぱり開かない。
一瞬、止まる。
そして、周りを見渡す。
「……は?」
小さく声が聞こえた気がした。
何度か試したあと、諦めたように後部座席へ回り、
体をねじ込むようにして乗り込んだ。
その姿を見て、
「ああ、やっと分かったか」
そう思った。
その日はそれで終わりだった。
でも——
本当の修羅場は、その夜だった。
仕事から帰ると、駐車場で誰かが立っていた。
あの車の持ち主だった。
こっちを見るなり、明らかにイライラした顔で近づいてくる。
「ちょっと、あの停め方どういうことですか?」
やっぱり来たか、と思った。
「どの停め方ですか?」
わざと、しらばっくれる。
「今日の朝ですよ。ドア開かなくて大変だったんですけど」
「そうなんですか」
私は淡々と返した。
「それ、毎日やられてる側の気持ち、分かります?」
一瞬、相手の表情が止まった。
「……は?」
「あなた、ずっと同じことしてましたよね」
私は、自分の車の横を指さした。
「毎回、ここまで寄せて停めてきて。助手席、ほぼ開かないんですよ」
相手は黙った。
明らかに思い当たる顔だった。
「だから一回、同じことやってみただけです」
静かに言った。
数秒の沈黙。
さっきまでの勢いは完全に消えていた。
「……そんなつもりじゃ」
小さく、言い訳のような声。
「でも結果的にそうなってましたよね」
言葉をかぶせた。
「こっちは毎日それでした」
相手は何も言えなかった。
しばらくして、
「……すみません」
小さく頭を下げた。
正直、少しだけスッとした。
怒鳴り合いになるかと思っていたけど、
思ったよりあっさり終わった。
その日以降——
あの車がギリギリまで寄せてくることは、なくなった。
むしろ、少し余裕を持って停めているくらいだ。
たった一度、やり返しただけで。
一言も言わずに我慢し続けるより、
一度分からせる方が早かったのかもしれない。
でも、ふと思う。
あのまま言葉で伝えていたら、
ここまでこじれずに済んだのか。
それとも、結局こうやって“体験させないと分からない人”だったのか。
——正直、今でも分からない。
ただ一つだけ確かなのは、
次に同じことされたら、もう遠慮はしない。