その違和感に気づいたのは、家に帰ってからだった。
その日、私は友人二人と久しぶりに外食をしていた。
ちょっとしたお祝いで、駅前の少し高めのレストランを予約していた。
料理も美味しく、ワインも進み、気づけばみんなかなりいい気分だった。
店の雰囲気もよく、「また来たいね」と言いながら会計を頼んだ。
店員がレシートを持ってくる。
合計金額は
27,054円。
そしてそこに
クーポン
−3,000円
最終支払いは
24,054円。
「クーポン使えてラッキーだね」
友人が笑った。
私はカードを出して、そのまま決済した。
その場では、何の違和感もなかった。
問題に気づいたのは、その夜だった。
スマホに届いたカード利用通知を見た瞬間、私は手を止めた。
そこに表示されていた金額は――
27,054円。
「……え?」
私はレシートをもう一度確認した。
レシートにははっきり書かれている。
合計
27,054円
クーポン
−3,000円
現計
24,054円
つまり払うべき金額は 24,054円。
しかしカードは――
27,054円で決済されている。
差額は 3,000円。
ちょうどクーポン分だ。
私は思わず呟いた。
「これ…やられてない?」
翌日、私は店に戻った。
昼の時間で、店内には数人の客がいた。
レジにいたのは、昨日と同じ若い店員だった。
私はレシートを出した。
「昨日ここで食事したんですが、カードの金額が違います」
店員はレシートをちらっと見ただけで言った。
「問題ありません」
「え?」
「合計は27,054円ですので」
私はカード明細を見せた。
「でもクーポン使ってますよね?」
店員は少しだけ不機嫌そうに言った。
「カードは合計で決済になります」
その瞬間、私ははっきり言った。
「それ、違いますよね?」
レシートを指さす。
「ここ見てください。支払いは24,054円です」
店員は黙った。
そして一言。
「システムです」
その言葉に、私は少し笑った。
「じゃあそのシステム、詐欺ですよね?」
後ろに並んでいた客が反応した。
「え、どういうこと?」
店内が少しざわつき始めた。
店員は慌てて言った。
「少々お待ちください」
数分後、奥から店長が出てきた。
事情を説明すると、店長はレシートとカード明細を見比べた。
そして数秒沈黙した。
「……申し訳ありません」
私は何も言わず見ていた。
店長は店員に聞いた。
「これ、クーポン処理してないよね?」
店員の顔が一瞬で真っ青になった。
つまり――
クーポンを引かないままカード決済していた。
店長は深く頭を下げた。
「すぐ返金いたします」
その時、後ろの客が小さく言った。
「俺も昨日ここ来たけど…」
店内が静まり返る。
「もしかして同じことされてる?」
別の客もレシートを見始めた。
「ちょっと待って、俺もカード確認してみる」
空気が一気に変わった。
私はふと気づいた。
この店――
夜はほとんどの客が酒を飲んでいる。
もし酔っていたら。
もしカード通知を見なかったら。
もしレシートを確認しなかったら。
この3000円は、誰にも気づかれない。
私は店長に聞いた。
「これ、今回だけですか?」
店長は答えなかった。
その沈黙で、店内の空気が凍った。
そして私は静かに言った。
「昨日、店ほぼ満席でしたよね」
「みんなお酒飲んでましたよね」
「……気づいてない人、結構いるんじゃないですか?」
店長の顔色が変わった。
その瞬間――
後ろの客が言った。
「ちょっと俺、カード確認するわ」
さらに別の客もスマホを出した。
店内がざわつく。
私は返金処理を受けて店を出た。
外に出て、ふと思った。
もし昨日、カード通知を見ていなかったら。
もし酔ったまま帰っていたら。
この 3,000円 は――
きっとそのままだった。
そして私は苦笑した。
世の中で一番怖いのは、
詐欺でもミスでもない。
“バレないと思って続けること”だ。
でも――
昨日からこの店では、
客が会計後に必ずスマホを確認するようになったらしい。
その習慣が広がったのは、たった3000円の違和感からだった。