GWの大型ショッピングモールは、毎年地獄だ。
駐車場は満車。通路は渋滞。子どもは走り回り、親はスマホを見ながらカートを押している。
私はその日、買い物を終えて駐車場へ戻る途中、妙な車を見つけた。
黒の高級セダン。
……いや。
正確には、そのドアに付いている“異様な物”に目が止まった。
助手席と後部座席の両側に、巨大なスポンジみたいな防護パッドが貼り付けられていたのだ。
しかもベルト固定。
完全武装。
思わず笑いそうになった。
「いや、神経質すぎるだろ……」
すると近くにいた若い男も苦笑していた。
「ここまでやる?って感じっすよね」
私は軽く同意した。
だが、その5分後だった。
隣のスペースに、白いミニバンが勢いよく入ってきた。
中には、小学生くらいの兄妹。
運転席から降りてきた母親は、イヤホンを付けたままスマホを見ている。
嫌な予感がした。
次の瞬間。
「バンッ!!」
乾いた音が駐車場に響いた。
兄の方が、勢いよくドアを開け、黒いセダンに直撃したのだ。
私は思わず顔をしかめた。
だが母親は、チラッと見ただけ。
そして笑いながらこう言った。
「も〜、気をつけなよ〜」
終わり。
確認もしない。謝りもしない。
しかも子どもは、また同じ勢いでドアを開けようとしている。
私は思わず声をかけた。
「今、当たりましたよね?」
すると母親は、露骨に嫌そうな顔をした。
「はぁ?」
その態度に驚いた。
普通、まず謝るだろ。
だが彼女はため息をつきながら言った。
「子どもなんで」
いや意味が分からない。
「でも傷ついたかもしれませんよ?」
すると今度は、鼻で笑った。
「こんな駐車場で高い車乗ってる方が悪くないですか?」
……出た。
私は一瞬、言葉を失った。
さらに彼女は続けた。
「だからあんな変なの付けてるんでしょ?神経質すぎ」
周囲の空気がピリついた。
近くにいた人たちも、さすがに顔をしかめている。
だがその時。
後ろから低い声がした。
「その“変なの”、役に立って良かったです」
振り向くと、黒いセダンの持ち主だった。
40代くらいの男性。
怒鳴っていない。
むしろ妙に冷静だった。
母親は少し怯んだが、すぐ強気に戻った。
「でも傷ついてないですよね?」
男性は静かに頷いた。
「ええ。今日は、ね」
そして、防護パッドをゆっくり外した。
その裏側には、白い塗料がベッタリ付いていた。
ミニバンの色だった。
母親の顔色が変わる。
男性はスマホを取り出した。
「あと、全部録画されてます」
見ると、車内のドラレコ画面には、子どもが勢いよくドアをぶつける瞬間が、ハッキリ映っていた。
さらに、母親の発言まで録音されている。
『高い車乗ってる方が悪い』
その声が、駐車場に響いた。
周囲が一気に静まり返る。
さっきまで強気だった母親の顔から、血の気が引いていく。
「え……いや、その……」
男性は淡々としていた。
「これ、6回目です」
母親が固まる。
「前は逃げられました。証拠もなかった。だから対策したんです」
防護パッドを見ながら、男性は苦笑した。
「みんな笑うんですよ。“やりすぎ”って」
私はさっき、まさにそう思っていた。
でも違った。
この人は、好きでこんな事してるんじゃない。
“ここまでしないと守れない”経験を、何度もしてきたんだ。
男性は最後に、静かに言った。
「子どもがぶつけるのは仕方ないです。でも、謝らないのは大人の問題ですよね」
その瞬間。
母親は完全に黙った。
さっきまでの威圧感は消え、小さく頭を下げた。
「……すみませんでした」
周囲の空気が変わる。
誰も声を出さない。
でも全員、同じことを思っていた。
“悪いのは子どもじゃない”
帰り際。
私は黒いセダンの横を通りながら、もう一度あの防護パッドを見た。
少し前まで、笑いそうになっていた物。
でも今は、違って見えた。
あれは神経質の象徴じゃない。
“何度も理不尽を我慢してきた人間の防具”だった。