「ギャアアアアッ!!」
昼前の日高屋に、ガラスの砕ける爆音が響いた。
次の瞬間――白い車が、店の入口を突き破って店内に突っ込んできた。
私は、ほんの数秒前まで、そのガラスの前の席に座ろうとしていた。
もし水を取りに立っていなかったら、間違いなく巻き込まれていた。
店内は一瞬で地獄だった。
割れたガラス。倒れたメニュー看板。悲鳴を上げる客。
子どもを抱えて泣く母親までいる。
「え、なに!?」「人は!?人轢かれてない!?」
私は心臓がバクバクして、しばらく声が出なかった。
車を運転していたのは、70代くらいの老人だった。
しかも、車から降りた第一声が――
「ブレーキ踏んだんだけどなぁ」
だった。
……いやいやいや。
その場の空気が、一気に凍った。
店員さんが震えながら言った。
「お客様、大丈夫ですか…!」
すると老人は、
「大げさだなぁ。誰も死んでないだろ?」
と笑った。
その瞬間、店内の空気が変わった。
「は?」
近くにいたサラリーマンが、思わず声を漏らした。
私も頭が真っ白になった。
誰も死んでない?
いや、たまたま死ななかっただけだろ。
あと数秒ズレてたら、普通に誰か潰されてた。
なのに老人は、
「アクセルとブレーキ間違えちゃっただけ」「年寄りなんだから仕方ない」
と繰り返していた。
すると、レジ近くにいた若い店員さんが、震える声で言った。
「お客様……ここ、歩道側なんです」「普通、車が入ってくる場所じゃないんです」
老人はムッとして、
「だからミスだって言ってるだろ!」「年寄り責めて楽しいのか!」
と逆ギレ。
その瞬間。
奥で泣いていた小学生くらいの男の子が、ボソッと言った。
「でも、お母さんいたら死んでたよね…?」
店内が静まり返った。
老人の顔が、ピクリと固まった。
さらに、入口近くにいた男性客が言った。
「俺、ガラス飛んできたぞ」「目に入ってたら失明してた」
別の女性も続いた。
「私、妊婦なんですけど」
空気が完全に変わった。
さっきまで“ただの事故”みたいに話していた老人の顔から、余裕が消え始めた。
そこへ警察が到着。
事情聴取が始まった。
すると警察官が、車内を確認して言った。
「運転中、スマホ触ってました?」
老人は慌てて否定した。
「触ってない!」「ちゃんと前見てた!」
だが。
警察が車内から取り出したスマホ画面には、事故直前の通話履歴が残っていた。
しかも、発信中のまま。
店内がザワついた。
「え…通話してたの?」「ながら運転?」
老人の顔色が、一気に変わった。
さらに防犯カメラ映像。
そこには、片手でハンドルを持ちながら、下を向く老人の姿が映っていた。
警察官が静かに言った。
「踏み間違いだけじゃありませんね」
老人は黙った。
さっきまで「年寄りいじめだ!」と怒鳴っていた声は、完全に消えていた。
その後。
老人の家族らしき女性が駆け込んできて、店員さんや客に頭を下げ続けた。
「本当に申し訳ありません…!」
でも。
誰もすぐには許せなかった。
だって、本当に死んでてもおかしくなかったから。
私もまだ、足が震えていた。
昼飯を食べに来ただけなのに。
ただラーメン食べようとしてただけなのに。
なのに、突然車が突っ込んでくるなんて、誰が想像する?
数日後。
その店舗は、しばらく休業になった。
割れたガラス。壊れた入口。営業停止。
店側の損害も相当だったらしい。
ネットでは、「高齢者は免許返納を義務化すべき」という声が一気に広がっていた。
もちろん、高齢者全員が危険なわけじゃない。
でも。
“自分は大丈夫”そう思い込んでいる人ほど危ない。
あの日、店内で一番怖かったのは、事故そのものじゃない。
「誰も死んでないから大したことない」
そう言い切った、あの一言だった。
人は、慣れた瞬間に加害者になる。
だから私は、あの日のガラスの音を、たぶん一生忘れない。