「また無くなってる……」
夜の精米所で、私は思わず天井を見上げた。
そこにあるはずの照明が、ぽっかり外されていた。
営業用の電球。しかもこれで二回目だった。
茨城町で小さなコイン精米所をやっている。派手に儲かる仕事じゃない。
でも近所のお年寄りや農家さんが、毎日のように使ってくれる場所だ。
夜に仕事終わりで来る人も多い。
だから照明が無いと困る。
なのに――誰かがわざわざ店内の電球を外して持っていく。
最初に盗まれた時は、ただ呆然とした。
「え……そこ盗る?」
監視カメラを確認したが、帽子とマスクで顔は見えない。
警察にも相談した。
だが、被害額は数百円。
「巡回は強化しますが…」
そんな感じだった。
もちろん警察を責める気はない。
でも、犯人は完全に味をしめた。
そして二回目。
今度は、夜営業中に突然暗くなった。
精米しに来たおばあちゃんが、
「えっ!?停電!?」
と驚いていた。
いや、停電じゃない。
誰かがまた照明を外したのだ。
私はその瞬間、怒りを通り越して、情けなくなった。
数百円の電球を盗むために、誰かが夜中に忍び込んで、営業を止める。
しかも、周囲に迷惑をかけてまで。
近所の人たちも怒っていた。
「こんなの防犯カメラ増やせ!」「貼り紙で脅せ!」「次来たら捕まえろ!」
でも。
なぜか私は、そういう気持ちになれなかった。
もちろん腹は立つ。
だけど、そこまでして電球を盗む人間って、もう普通じゃない。
だから私は、あることを思いついた。
翌日。
店の入口に、中古の電球を山ほど並べた。
そして、ダンボールに手書きでこう書いた。
【お願い】店内に使用してる照明設備を持ち去らないでください。夜の営業に支障が出ます。
明かりが必要で困ってる方は、こちらの電球(中古)をご自由にお持ち帰り下さい。
どなたでもOKです。
こちらからなら正々堂々持ち帰れます。
書きながら、自分でも少し笑ってしまった。
怒鳴るより、こっちの方が刺さる気がしたからだ。
するとその日の夕方。
近所の農家のおじさんが、貼り紙を見て吹き出した。
「お前、優しすぎだろ!」
さらに、SNSに投稿した知人経由で、写真がどんどん拡散された。
「店主の器デカすぎ」「これは逆に効く」「泥棒の心に一番刺さるやつ」
コメントが大量についた。
中には、
「新品送ります」
と言って、本当にLED電球を送ってくれる人までいた。
正直、少し泣きそうになった。
世の中、嫌な人ばかりじゃない。
そう思えた。
そして三日後。
閉店後、見慣れない紙袋が入口に置いてあった。
中には――
盗まれた照明が入っていた。
しかも、コンビニの封筒に、震えた字でこう書いてあった。
『すみませんでした』
私はしばらく、その紙を見つめていた。
誰なのかは分からない。
たぶん、一生分からないままだと思う。
でも。
警察に怒鳴られるより、監視カメラで脅されるより、あの貼り紙の方が苦しかったんだろう。
「正々堂々持って帰れます」
その一文は、泥棒扱いじゃなく、“人間扱い”だったから。
次の日。
常連のおばあちゃんが、精米しながら言った。
「ここの灯り、明るくて安心するのよ」
私は思わず笑った。
たかが電球。されど電球。
でも、灯りってたぶん、人の心にも必要なんだと思う。
暗い場所にいる人ほど、誰かの小さな明かりで救われる。
だから私は、今日も電球を並べている。
今のところ、三回目の盗難は起きていない。