「600円って書いてあるのに、なんで1801円なんだよ!!」
レジ前で、男の怒鳴り声が響いた。
GW中のサービスエリア。
混雑した売店の空気が、一瞬で止まる。
男が握っていたのは、りんごジュース3本とレシート。
確かに値札にはこう書いてあった。
『税込600円』
なら普通、3本で1800円のはずだ。
でもレシートには――
『1801円』
たった1円。
でも男は完全にブチギレていた。
「は!?詐欺だろこれ!!」「税込って書いてあるじゃねぇか!!」
レジの女性店員は、明らかに困っていた。
まだ20代くらい。
GWでレジ応援に入ってる感じの、バイトっぽい子だった。
「申し訳ございません……」「こちら税抜計算になっておりまして……」
だが男は止まらない。
「知らねぇよそんなの!」「600円×3だろ!?小学生でも分かるわ!!」
周囲がザワつき始めた。
「うわ、始まった……」「でも確かに変ではある」「1800じゃないの?」
後ろに並んでいた家族連れまで、レシートを覗き込んでいる。
店員は震える声で説明した。
「税抜価格が556円で……」「そちらを3本分計算後、消費税を加算すると……」
「だから1801円!?」「意味わかんねぇよ!!」
男はレシートを叩きつけた。
空気が悪い。
完全に、“店が客を騙してる”みたいな流れになっていた。
その時だった。
奥から店長らしき男性が出てきた。
50代くらい。疲れた顔。
でも妙に落ち着いていた。
「申し訳ありません」「少々お時間いただけますか」
店長は、レジ横のメモ用紙に数字を書き始めた。
556×3=1668
その下に、
1668×1.08=1801.44
そして静かに言った。
「システム上、端数処理で1円切り上がります」
男は眉をひそめた。
「じゃあなんで一本だと600円なんだよ!」
店長は苦笑した。
「一本ずつの場合、お客様が買いやすいよう、税込600円になるよう価格調整しているんです」
周囲から、「あー……」という空気が漏れた。
つまり。
店はむしろ、“600円ちょうどになるよう努力していた”のだ。
悪意ではない。
でも男は納得しない。
「いやいや!だったら最初から1801円って書いとけよ!」
すると。
さっきまで黙っていた後ろのサラリーマンが、ボソッと言った。
「でもそれ、店じゃなくて税制の問題じゃないですか?」
空気が変わった。
確かにそうだ。
消費税。税込表示。税抜計算。端数処理。
全部、日本のややこしい制度の話。
なのに。
毎回怒鳴られるのは、現場の店員。
店長は静かに頭を下げた。
「お客様のお気持ちは分かります」「毎日ご説明して、毎日怒られておりますので……」
その瞬間。
男が初めて黙った。
周囲も静かだった。
たった1円。
でもその1円のために、
客はイライラする 店員は謝り続ける レジは止まる 空気は悪くなる
誰も得していない。
男はしばらくレシートを見つめた後、舌打ちして商品を持った。
そして小さく言った。
「……紛らわしいんだよ」
店長は深く頭を下げた。
「申し訳ありません」
男は去った。
騒ぎは終わった。
でも私は、レジ横で疲れ切った顔をしている店員を見ながら思った。
本当に怒鳴るべき相手って、この人たちじゃないよな、と。
日本って、こういう国だ。
制度を決める人には声が届かない。
でも、目の前で頭を下げる人には、みんな強くなれる。
レジの女の子は、次の客にまた笑顔を作っていた。
「お待たせしました」
その声を聞きながら、私は財布の中の1円玉を見つめた。
たった1円。
でも、その1円で壊れる空気って、確かにあるんだと思った。