昨日、私はいつも通りの通勤電車に乗っていた。朝の空気はまだ冷たく、窓の外には灰色の雲が垂れこめ、街路樹の葉が風に揺れている。車内はいつものようにぎゅうぎゅうではないが、座席は半分ほど埋まっていた。私は座席に座ろうとしたその時、目に飛び込んできた光景に言葉を失った。
二人の小さな子どもが、座席に靴を履いたまま立って手すりにつかまっている。しかも、両親らしき大人は隣に座って、全く注意する気配がない。子どもたちの足元は汚れた靴底で座面を踏みつけ、車内の清潔感を一瞬で打ち砕いていた。私は目をこすった。信じられなかった。
「え……ちょっと、マジで?」
思わず小声でつぶやく。心臓が少し早くなる。周囲の乗客も、ちらちらとその家族を見ている。空気が少し重く、ざわつき始めた。私の頭の中で、怒りと呆れがぐるぐる回る。
私は勇気を出して、そっと親に声をかけた。
「靴を履いたまま座るのはやめた方がいいですよ」
すると父親と思しき男性は、肩をすくめて軽く笑い、こう言った。
「次で降りますので」
私は耳を疑った。次で降りるから今のうちに靴を脱がせない?そんな理由、関係ねーだろ!頭の中で赤い警告灯が点滅する。心臓がさらに速く打つ。周囲の視線も鋭くなる。私は思わず手すりを握り直した。
子どもたちはなおも無邪気に手を伸ばし、景色を楽しんでいる。足元はぐちゃぐちゃのまま。母親はスマホに夢中で、全く子どもたちの足元を気にしていない。私は目を見開いたまま、現実を受け入れられずに立ちすくむ。
「ああ……これ、どうなってるの……」
私は内心でつぶやく。怒りと呆れが交互に襲い、全身が緊張する。こんな非常識な光景を前に、何をすればいいのか。子どもたちに注意すべきか、それとも親を叱るべきか。しかし、周囲の目もある。私は深呼吸し、心を落ち着かせる。
次の駅で、家族は降りた。子どもたちは元気に駆け出し、親はスマホを見ながらついていく。
座席は靴の跡で汚れ、私の視線は自然とその跡を追う。心の中でため息をつく。人の無責任さは、時にここまで露骨に現れるのか。
「次で降りるからって……それ関係ねーだろ!」
私は思わず声に出してしまいそうになるのを、ぐっと抑える。周囲の乗客は軽く笑い、私も苦笑するしかなかった。滑稽で、腹立たしくて、でもどうしようもない現実。
社会は、こんな非常識を野放しにする瞬間があるのだ。
心の中で反芻する。あの光景は、単なる親の無責任というだけでは済まされない。教育の問題、常識の問題、公共マナーの問題。すべてが一度に私の目の前に現れた。私は立ち上がり、手すりを握りながら、次の駅で降りる人々の流れを見つめる。
「くそ……自分の常識だけが通用するわけじゃないんだな」
私は心の中でつぶやき、赤信号のように点滅する怒りを抑えつつ、自分の気持ちを整理する。非常識に出会ったとき、人はどう反応すべきか。考えながら、電車のドアが閉まる音を聞いた。
車内は再び、いつもの静かな空気に戻った。しかし、私の心にはまだ、あの靴の跡と無責任な親子の光景が残っている。世の中には、次で降りますという言い訳で、非常識を正当化する人がいる。私はそれを目の当たりにした。
でも、これも人生の一部だ。笑うしかない。いや、笑えないけど、呆れるしかない。赤線の中に車を収める法律も、心の中の常識も、まだまだ整備が必要だと痛感する。
次に同じ光景に出会ったら、私はどうするだろう。注意するか、無視するか、写真に撮るか。今はまだ考え中だ。だがひとつだけ確かなのは、あの非常識な親子に出会った私は、今日も心の中で「関係ねーだろ!」と叫び続けている。