出社してすぐ、私は机の上に置かれた一枚の書類を見て、手が止まった。
それは、社内の経費精算に関する確認書だった。
最初はただの事務処理だと思った。
でも、金額を見た瞬間、背中が一気に冷たくなった。
「え……これ、何?」
そこに記載されていたのは、明らかに常識を超えた高額支出だった。
しかも、対象になっているのは母の名前。
母は同じ会社の別部署で長く働いている。真面目で、余計なことは一切しない人だ。経費の使い方だって、いつも細かく確認するタイプだった。
そんな母の名前で、見覚えのない支出が並んでいる。
会議費。
備品購入費。
外部対応費。
それぞれの項目は一見もっともらしい。
けれど、金額が明らかにおかしかった。
普通なら数千円、せいぜい一万円程度で済むはずのものが、何万円、何十万円という単位で処理されている。
私は書類を持ったまま、しばらく動けなかった。
「母がこんな申請をするはずがない」
そう思った瞬間、胸の中に怒りが込み上げてきた。
すぐに担当部署へ向かった。
経理担当の同僚に書類を見せると、彼は一瞬だけ目をそらした。
「これ、どういうことですか?」
私が尋ねると、彼は曖昧に笑った。
「ああ、それはシステム上そう出ているだけなので」
その言葉を聞いた瞬間、私は嫌な予感がした。
また出た。
“システム上”。
まるで、その一言を言えば全部終わると思っているような態度だった。
私は書類を机の上に置き、静かに言った。
「システム上そう出ているなら、その入力元がありますよね。誰が、いつ、何を根拠に入力したのか確認してください」
同僚は少し面倒そうな顔をした。
「まあ、たぶん入力ミスか、部署内の処理の都合だと思いますよ」
「たぶん、では困ります」
私の声は、自分でも驚くほど冷たかった。
その時、母も呼ばれてやって来た。
母は書類を見た瞬間、顔色を変えた。
「私、こんなの申請してないわ」
その一言で、私の中の疑いは確信に変わった。
母は慌てて説明しようとした。
「この日は出張もしていないし、備品も買っていない。会議費なんて、そもそも私の部署では扱っていない」
なのに担当者は、まだ歯切れが悪かった。
「でも、記録上は処理されていますので……」
私はその言葉を遮った。
「では、その記録を出してください」
部屋の空気が少し重くなった。
周囲の社員も、こちらをちらちら見始めていた。
私は続けた。
「入力ログ、承認者、添付された領収書、処理した日時。全部確認します」
同僚は困ったように言った。
「そこまでしなくても……」
その瞬間、私は我慢の限界だった。
「そこまでしないと、母が不正をしたことにされる可能性がありますよね?」
母が小さく息を呑んだ。
私ははっきり言った。
「もしこのまま曖昧に済ませるなら、社長に直接相談します」
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