新幹線の出入口に、折りたたみ椅子を広げて座っている男がいた。
最初、私は何が起きているのか分からなかった。
東海道新幹線の車内。
指定席から少し離れて、デッキへ向かったときだった。
出入口の前に、キャンプ用みたいな椅子が置かれている。
その上に男がどっかり座り、肘を背もたれにかけ、まるで自分の部屋みたいにくつろいでいた。
足元には荷物。
横にもバッグ。
通路はほとんど塞がっている。
スーツケースを持った人は体を斜めにしないと通れない。
小さな子を連れたお母さんは、困った顔で一度立ち止まっていた。
私は思わず声をかけた。
「すみません、ここ出入口ですよね。通路も狭くなってますし、椅子を置くのは危なくないですか?」
男は顔も上げなかった。
「新横浜までこっちの扉は開かないから」
まるで、それで全部解決するみたいな言い方だった。
私は少し息を吸って、もう一度言った。
「扉が開くかどうかじゃなくて、ここは人が通る場所ですよね。緊急時にも使う場所ですし」
すると男は、やっとこちらを見た。
面倒くさそうな顔で、鼻で笑った。
「そんなに詳しいなら、車掌にでも言えば?」
その言い方で、周りの空気が少し固まった。
多分、みんな思っていた。
でも言えなかったのだと思う。
「邪魔だけど、関わりたくない」
「注意して逆ギレされたら嫌だ」
「誰かが言ってくれたらいいのに」
私も本当はそうだった。
でも、目の前でお母さんが子どもを抱えながら通りにくそうにしているのを見た瞬間、黙って通り過ぎる気にはなれなかった。
私は静かに言った。
「分かりました。じゃあ車掌さんに伝えます」
男はまた鼻で笑った。
「どうぞ」
その余裕ぶった顔を見て、逆に私の腹は決まった。
私はすぐ車掌を探した。
車掌さんに状況を伝えると、最初は少し困ったような顔をした。
「確認しますね」
そう言って一緒に来てくれたけれど、男は車掌さんが来ても動かなかった。
車掌さんが丁寧に言った。
「お客様、こちらは通路になりますので、椅子のご使用はお控えください」
男は目を閉じたまま、わざとらしく言った。
「こっちのドア、新横浜まで開かないでしょ。知ってますよ」
その瞬間、私は思わず口を挟んだ。
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