新幹線の授乳室を二十分待った結果、中にいたのは赤ちゃんではなく、耳ホンをつけて熟睡している女性でした。
その日、私は生後数か月の娘を連れて新幹線に乗っていました。
出発前にミルクも済ませ、おむつも替えて、できる限り周りに迷惑をかけないよう準備していたつもりです。
けれど赤ちゃんの機嫌は、大人の予定通りにはいきません。
乗車してしばらくすると、娘が小さくぐずり始めました。
最初は抱っこで揺らせば落ち着くかなと思い、通路の端でそっと背中をさすっていました。
でも泣き声はだんだん大きくなり、顔も真っ赤になっていきました。
「ああ、もうお腹が限界なんだ」
そう思って、私は急いで授乳室のある場所へ向かいました。
ところが、授乳室のドアには使用中の表示が出ていました。
中で他のお母さんが使っているなら仕方ない。
そう思って、私は娘を抱いたまま静かに待ちました。
五分。
十分。
十五分。
それでも中からは、赤ちゃんの声も、人が動く気配も、まったく聞こえませんでした。
娘はもう声を震わせて泣いていました。
周りの乗客の視線も、少しずつ痛くなってきました。
ある男性はちらっとこちらを見て、わざとらしくため息をつきました。
別の女性はイヤホンをつけ直しながら、顔をしかめました。
まるで、私が好きで赤ちゃんを泣かせているみたいでした。
私は何度も小さな声で「すみません」と言いながら、娘の背中をさすりました。
でも、本当に謝るべき相手は誰なんだろう。
泣いている赤ちゃんなのか。
待っている私なのか。
それとも、授乳室をずっと占有している中の誰かなのか。
迷った末、私はそっとドアをノックしました。
「すみません、赤ちゃんが泣いていて……もう少しで終わりそうでしょうか」
返事はありませんでした。
もう一度、少しだけ強めにノックしました。
やっぱり何も返ってきません。
中で具合が悪くなっている人がいるのかもしれない。
そう思うと、不安にもなりました。
私は近くを通った車掌さんに声をかけました。
「授乳室がずっと使用中で、二十分以上誰も出てこないんです」
車掌さんはすぐに表情を引き締め、授乳室の前まで来てくれました。
「中の方、いらっしゃいますか」
車掌さんが何度か声をかけても、返事はありませんでした。
周囲の人たちも、だんだんこちらを見始めました。
すると車掌さんは状況を確認したうえで、扉を開ける手配をしてくれました。
そして、ドアが開いた瞬間。
私は思わず言葉を失いました。
中にいたのは、赤ちゃん連れの人ではありませんでした。
若い女性が一人、ベンチに横になり、耳ホンをつけたまま眠っていたのです。
足元には大きなバッグ。
隣には飲みかけのペットボトル。
授乳室は、完全にその人の個室になっていました。
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