GWを、完全になめていた。
「まあ自由席でも何とかなるでしょ」
そう思って新幹線ホームに着いた瞬間、私は後悔した。
ホームは人、人、人。
旅行客、帰省客、大荷物の家族連れ。自由席の列は、すでにホームの端まで伸びていた。
でもここまで来た以上、乗るしかない。
私は深くため息をつき、その列に並んだ。
――そして地獄が始まった。
車内に入った瞬間、自由席は完全満席。
通路にも人が立ち、デッキにも人が溢れている。
「うわ…」
思わず声が漏れた。
だが後ろからどんどん人が押し込まれ、結局私は通路の真ん中で立ち尽くすしかなかった。
新幹線は出発。
最初の30分はまだよかった。
だが、1時間を超えた頃から足が死ぬ。
動けない。座れない。荷物も重い。
しかも通路はギュウギュウで、座っている人も身動きが取れない。
トイレに行こうとしても、人をかき分けるしかない。
ワゴン販売も途中で完全に止まった。
車内全体が、じわじわとイライラに包まれていく。
その時だった。
通路側に座っていた中年男性が、露骨に舌打ちした。
「邪魔なんだよなぁ…」
聞こえるように言った。
周囲が少し静かになる。
私は反射的に「すみません」と言いかけた。
でも、その男は続けた。
「自由席なんだから立つ覚悟くらいしろよ。混むの分かってただろ」
その瞬間、車内の空気が変わった。
確かにその通りだ。
自由席を選んだのは私。
立つ可能性も理解していた。
でも――
だからといって、“邪魔者扱い”される筋合いはあるのか?
私は何も言えなかった。
悔しかった。
だが、その空気を破ったのは別の人物だった。
少し前に座っていた白髪の女性が、ゆっくり顔を上げた。
そして男に向かって静かに言った。
「あなたも、明日そっち側になるかもしれませんよ」
男が眉をひそめる。
「は?」
女性は続けた。
「今日はたまたま座れただけでしょう?」
「立ってる人だって、同じ料金払ってここにいるんです」
車内が完全に静まり返った。
男は不機嫌そうに鼻で笑った。
「でも邪魔なのは事実でしょ」
その時だった。
今度は別の場所から声が飛んだ。
「じゃあ指定席車両に行けば?」
若いサラリーマンだった。
イヤホンを外し、まっすぐ男を見る。
「自由席って、“座れる保証ない”代わりに安いんですよね?」
「立ってる人を見下す席じゃないと思いますけど」
――空気が凍った。
男の顔が引きつる。
周囲の乗客たちは誰も口を出さない。
でも全員、空気で分かっていた。
完全に流れが変わったことを。
さらに追い打ちをかけるように、後ろから小さな声が聞こえた。
「ていうか、さっきから荷物めっちゃ広げてるし…」
見ると、その男は隣の空席に荷物を置いていた。
本来なら人が座れるスペースだ。
さっきまで偉そうにしていた男が、一気に周囲の視線を浴び始める。
男は慌てて荷物を膝に抱えた。
でももう遅かった。
完全に“空気の悪者”になっていた。
その後、名古屋で大量に人が降り、ようやく少し空席ができた。
私は空いた席に座り、深く息を吐いた。
足の感覚がなくなっていた。
すると、さっきの白髪の女性が小さく笑った。
「お疲れさま」
その一言だけで、泣きそうになった。
3時間立ちっぱなしは確かに地獄だった。
でも、一番きつかったのは足じゃない。
“座れた側”が、“立ってる側”を見下し始める空気だった。
GWの新幹線って、不思議だ。
人の余裕も、本性も、全部むき出しになる。
でも最後に思った。
あの満員車両で、一番窮屈だったのは――
たぶん、座席じゃなくて心の方だった。