八月のお盆のことだった。
私は桐谷悠真、二十四歳のフリーライターだ。主な仕事は都市伝説や心霊スポットの記事を書くこと。正直、幽霊なんて信じていなかったが、怖い話は金になる。だから私は関東の郊外にある廃墟や廃校を回り、ネットメディアに記事を売って生活していた。
その日も取材のため、郊外にある廃市立図書館へ向かっていた。
夜になり、最寄りのバスも終わってしまったため、私は道路脇でタクシーを待っていた。
しばらくすると、一台の古びた黒いタクシーが現れた。
運転席には白髪の老人が座っている。
車内に入った瞬間、私は妙な臭いを感じた。
古い煙草と湿った土の臭いだった。
「旧市立図書館までお願いします」
そう告げると、老人は無言で車を走らせた。
車内は異様なほど静かだった。
ふと見ると、老人は煙草を吸っている。
その箱に書かれた名前を見て、私は思わず目を見開いた。
「宵闇」
昭和時代に販売されていた煙草だった。
私は以前、記事を書くために古い煙草について調べたことがある。
確か三十年以上前に製造中止になったはずだ。
「珍しい煙草ですね」
私がそう言うと、老人は初めてこちらを見た。
片目が白く濁っていた。
「昔から吸っているだけだ」
その声は妙にかすれていた。
私は気味が悪くなり、スマホで宵闇を検索した。
すると奇妙な記事が出てきた。
平成七年、製造工場が火災で全焼。
八十七人が死亡。
そして最後にこう書かれていた。
『最後に出荷された宵闇には火葬灰が混ざっていたという噂がある』
私は背筋が冷たくなるのを感じた。
やがて図書館の前に到着した。
料金を払おうとした時、老人が呼び止めた。
「これを預かってくれ」
差し出されたのは小さな桐箱だった。
「開けるな。捨てるな」
そう言われた瞬間、不思議な圧迫感を覚えた。
断ろうと思ったのに、気づけば受け取っていた。
私が車を降りて振り返ると、タクシーは霧の中へ消えていた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
私は嫌な予感を覚えながらも、取材を続けることにした。
廃図書館の中は静まり返っていた。
懐中電灯の光だけが暗闇を照らしている。
その時だった。
コツ……
後ろから足音が聞こえた。
振り返る。
誰もいない。
気のせいかと思い歩き出す。
コツ……
また聞こえた。
しかも今度は三歩後ろから。
私は立ち止まった。
すると足音も止まる。
歩くと聞こえる。
止まると消える。
まるで誰かが後ろについて来ているようだった。
気味が悪くなった私は急いで取材を終わらせようとした。
図書館の最奥にあった資料室へ入る。
そこで私は絶句した。
部屋の中央に棺桶が置かれていた。
その壁には古い遺影が飾られている。
そして写真の人物を見た瞬間、私は悲鳴を上げそうになった。
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