結婚式が終わった夜、私たちはいただいたご祝儀袋を一つずつ開けていました。
疲れているはずなのに、名前を見るたびに胸が温かくなって、今日来てくれた人たちの顔が浮かびました。
そんな中、一つの袋を開けた瞬間、私は手を止めました。
中に入っていたのは、三万円札と、小銭が十一円。
つまり、三万十一円でした。
「え……?」
思わず声が漏れると、隣にいた義母がすぐに覗き込んできました。
そして金額を見るなり、鼻で笑いました。
「今どきの若い人って、失礼ねえ。」
その声に、近くにいた親戚たちも集まってきました。
「ご祝儀に小銭?」
「冗談のつもりかしら。」
「新婦側のお友達でしょ?」
その言い方に、胸の奥がじわっと冷たくなりました。
袋の名前は、大学時代からの友人の健太でした。
派手な人ではないけれど、いつも誠実で、困った時には必ずそばにいてくれた人です。
だからこそ、私はすぐに悪く言えませんでした。
でも義母は止まりませんでした。
「こういうところで、その人の育ちが出るのよ。」
親戚の前でそう言われた瞬間、私の顔が熱くなりました。
夫が「まあ、何か意味があるのかも」と言ってくれましたが、義母はさらに笑いました。
「意味って何?十一円に?」
その場では何も言い返せませんでした。
私は部屋に戻ってから、健太にメールを送りました。
「ご祝儀に小銭が入っていたけど、もしかして間違い?」
送ったあと、少し後悔しました。
責めるように聞こえたかもしれないと思ったからです。
すると数分後、健太から返事が来ました。
「間違いじゃないよ。」
私は画面を見つめたまま固まりました。
続けて、もう一通届きました。
「明日、ちゃんと説明しに行く。」
翌日、義実家で親戚との食事会がありました。
義母はまたその話を持ち出しました。
「昨日の三万十一円の人、覚えてる?本当に変わったお友達よね。」
私は箸を置きました。
もう黙って聞く気にはなれませんでした。
その時、玄関のチャイムが鳴りました。
夫が出ると、そこに立っていたのは健太でした。
彼は少し緊張した顔で、古い封筒を持っていました。
義母はわざとらしく笑いました。
「あら、昨日の十一円の方?」
部屋の空気が一気に刺々しくなりました。
けれど健太は頭を下げるだけで、怒りませんでした。
そして、テーブルの上に一枚の写真を置きました。
そこには、大学時代の私と健太が写っていました。
駅のホームで、二人ともびしょ濡れで、でもなぜか笑っている写真でした。
健太は静かに話し始めました。
「大学三年の冬、僕は財布を落として、終電に乗れなくなりかけました。」
「その時、彼女が財布の底から小銭をかき集めて、十一円を貸してくれたんです。」
私は息をのみました。
すっかり忘れていた記憶が、一気によみがえりました。
あの日、健太は本当に困っていて、私は笑いながら言ったのです。
「じゃあ、私が結婚するときに返してね。」
ただの冗談でした。
けれど健太は、その言葉をずっと覚えていたのです。
「三万円は、ご祝儀です。」
「十一円は、あの日の約束を返したくて入れました。」
部屋が静まり返りました。
さっきまで笑っていた親戚たちは、誰も目を合わせませんでした。
義母の顔からも、さっきまでの余裕が消えていました。
私はゆっくり立ち上がり、健太に頭を下げました。
「ごめん、ちゃんと聞く前に疑って。」
健太は慌てて首を振りました。
「いや、変な入れ方をした僕も悪い。」
その瞬間、義母が小さく咳払いをしました。
「まあ、そういう事情なら……。」
私は義母の方を見ました。
そして、できるだけ穏やかに言いました。
「義母さん。」
「お金の形だけ見て、人の気持ちまで決めつけるのは、少し早かったですね。」
義母は何も言えませんでした。
夫も私の隣で、はっきりと言いました。
「健太さんは、失礼な人じゃないよ。」
私はその十一円を、すぐに小さなケースに入れました。
三万円より高い十一円なんて、人生で初めて見ました。
それはただの小銭ではありませんでした。
十年以上前の約束と、忘れられなかった友情でした。
帰り際、健太は照れくさそうに笑いました。
「これで、やっと借金返済完了だな。」
私は笑って答えました。
「利息つけすぎだよ。」
親戚たちは最後まで静かでした。
義母も、もう二度とその話を笑いませんでした。
その日の夜、私はケースに入れた十一円を見ながら思いました。
本当に人を見下す人ほど、金額しか見ていない。
でも、本当に大切な人は、たった十一円の中にも、十年分の気持ちを込めてくれる。
あの日、義母が笑った小銭は、私にとって一番忘れられないご祝儀になりました。