祭りの日の夜、家に戻った瞬間、私は門の前で足が止まった。
自宅の敷地の真ん中に、見知らぬ白い車が堂々と停まっていた。
そこはコインパーキングじゃない。
うちの敷地だ。
しかも停め方がひどかった。
車の前は通路をふさぎ、左側は倉庫の出入口、右側は私の車を出す動線にかかっていた。
少しでも考えれば、ここに停めたら家の人が困ると分かる場所だった。
でも、車の持ち主はいない。
連絡先もない。
「ちょっとだけ」
「すぐ戻るから」
そういう言い訳が、聞く前から頭に浮かんだ。
私は今まで何度も我慢してきた。
祭りの日やイベントの日になると、勝手に家の前へ停める人が出る。
注意すれば「少しだけなのに」と不満そうな顔をされる。
こちらが迷惑しているのに、なぜかこちらが心の狭い人間みたいに扱われる。
でも、その日は違った。
もう我慢しないと決めた。
怒鳴らない。
車にも触らない。
傷もつけない。
ただ、自分の敷地を自分のものとして使うだけ。
私は家族の車を一台、白い車の左側に停めた。
もう一台を右側に停めた。
どちらも自分の敷地内。
タイヤを内側に切り、出入口をふさがない範囲で、白い車だけが簡単には動けない位置にした。
触れていない。
壊してもいない。
ただ、無断で入り込んだ場所から、勝手には出られない状態になっただけ。
そのまま私は家に入った。
監視カメラの映像を保存し、白い車が入ってきた時刻、停めた位置、私有地の表示が見える写真もまとめておいた。
夜になって、電話が鳴った。
知らない番号だった。
出ると、いきなり強い声が飛んできた。
「ちょっと、車出せないんですけど」
私は静かに聞いた。
「どちら様ですか?」
相手は当然のように言った。
「そちらの敷地に停めてる車の者です。すぐ戻るつもりだったんで、車どかしてください」
その言い方に、少し笑ってしまった。
謝罪より先に、命令。
私は淡々と答えた。
「ここ、私有地です」
相手は不機嫌そうに言った。
「いや、祭りの日だし、ちょっと停めただけですよ」
「ちょっとでも無断駐車です」
「こんなのやりすぎでしょ。普通、出してくれますよね?」
私はスマホに保存していた画像を送った。
車が敷地に入ってくる映像。
私有地の表示。
通路をふさいでいる写真。
停車からの経過時間。
電話の向こうが、急に静かになった。
さっきまでの勢いが、一瞬で消えた。
私は続けた。
「あなたが停めたせいで、うちの車も倉庫も使えませんでした」
「……いや、その、すみません」
ようやく出た謝罪は、ひどく小さかった。
でも、まだ足りない。
私は言った。
「今から来てください。直接謝ってください。それと、二度と無断で敷地に停めないと一筆書いてもらいます」
相手は一瞬黙った。
「そこまでしないとダメですか?」
「必要です。嫌なら、警察に相談します」
その言葉で、完全に態度が変わった。
しばらくして、車の持ち主が現れた。
最初の電話の勢いはどこにもなかった。
周りには、騒ぎに気づいた近所の人たちも何人か出てきていた。
白い車の持ち主は、私の前で頭を下げた。
「すみませんでした。二度としません」
私は用意していた紙を出した。
無断駐車をしたこと。
敷地の通行を妨げたこと。
今後、同じ行為をしないこと。
それを書かせ、名前と連絡先も記入してもらった。
それを確認してから、私は自分の車を動かした。
白い車は、ようやく出ていった。
去り際、運転席の男は一度だけこちらを見た。
もう文句は言わなかった。
近所の人が小さく言った。
「よくやったね。うちも何度かやられて困ってたんだよ」
その一言で、胸の奥がスッと軽くなった。
私は仕返しをしたわけじゃない。
誰かを困らせたかったわけでもない。
ただ、自分の場所を守っただけ。
私有地に勝手に入って、他人の動線をふさぎ、戻ってきたら当然のように出してもらえると思っていた。
その考え方が間違っていた。
出られなくなったのは、私のせいじゃない。
無断で停めた瞬間に、自分で選んだ結果だ。
あの日から、うちの敷地入口には新しい表示をつけた。
「私有地につき無断駐車禁止」
大きく、はっきりと。
それ以来、祭りの日でも勝手に停める車はなくなった。
私はもう、黙って我慢する側には戻らない。
お願いして守るだけでは足りない時がある。
線を引く。
記録を残す。
必要なら、きちんと向き合う。
私有地は、誰かの“ちょっとだけ”を受け入れるための場所じゃない。
守ると決めた人間が、守ればいい。