駐車場に車を停めて、店に入ろうとした瞬間だった。
ふと横を見ると、思わず声が出そうになった。
黒いベンツと、シルバーのレクサス。
二台の高級車が、ありえないほど近い距離で向かい合っていた。
いや、向かい合っていたというより、もう“ほぼ接触”に見えた。
ベンツの後ろについているスペアタイヤカバーが、レクサスの後ろバンパーに今にも当たりそうな位置まで迫っている。
その隙間は、指一本入るかどうか。
私は思わず立ち止まった。
「だ、大丈夫……?」
頭の中でそうつぶやいた。
しかも、よりによって高級車同士。
軽く擦っただけでも修理費が笑えないことになる。
レクサスもベンツも、車に詳しくない私ですら分かるくらい存在感がある。
そんな二台が、狭い駐車場の中で、まるで無言で睨み合っているように止まっていた。
最初は、たまたまそう見えるだけかと思った。
でも、よく見ると白線の位置がおかしい。
レクサスはまだ車枠の中に収まっている。
一方で、ベンツのほうは車体が大きいこともあって、明らかに前へ詰めすぎているように見えた。
「これ、後ろ見えてたのかな……」
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
もし当たっていたら?
もしレクサスの持ち主が戻ってきて、傷に気づかなかったら?
もしベンツの持ち主が何も言わずに出ていったら?
駐車場でよくある話だ。
ちょっと擦ったかもしれない。
でも誰も見ていない。
だからそのまま去る。
そんな無責任な人間がいるから、真面目に停めている人が泣き寝入りする。
私はそのまま店に入る気になれなかった。
スマホを取り出し、まず全体の写真を撮った。
車同士の距離。
車位の白線。
ベンツの位置。
レクサスの後ろバンパーとの隙間。
いろいろな角度から、状況が分かるように撮った。
もちろん、面白半分ではない。
あとで揉めたとき、事実を確認するためだ。
そのあと、店の中に入って店員さんに声をかけた。
「あの、駐車場で車がかなり近い状態になっていて、もしかしたら接触しているかもしれません。車の持ち主さんを呼んでもらえますか?」
店員さんはすぐに外を確認し、表情を変えた。
「あ、これは……近いですね」
そして店内放送で車の持ち主を呼び出してくれた。
しばらくして、先に出てきたのはレクサスの持ち主だった。
年配の男性で、車を見た瞬間に顔色が変わった。
「え、これ当たってない?」
その声には、怒りというより不安が混じっていた。
当然だと思う。
自分の車が戻ってきたら、知らないうちにこんな状態になっている。
冷静でいろというほうが無理だ。
私は声をかけた。
「私が来た時には、もうこの状態でした。念のため写真を撮ってあります。動かす前に確認したほうがいいと思います」
男性は何度も頭を下げた。
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