仕事から帰ってきて、何気なくテーブルを見た瞬間、私はその場で固まった。
そこには、母が残していった一枚の紙切れがあった。
「ポテトコロッケ作りました。
カニクリームは冷食だけど…。
具、来たので草取りしたよ。
追い玉子、なんかいっぱいあったので一パック頂きます…ごちそう様。
母より」
その文字を読んだ瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。
泣くほどのことじゃない。
たぶん、他人から見たらただのメモだ。
けれど、私はその紙を持ったまま、しばらく動けなかった。
今日は朝からずっとバタバタだった。
子どもの習い事の準備。
仕事の締め切り。
洗濯物。
朝ごはんの皿。
夕飯のこと。
頭の中では、ずっと「あとでやらなきゃ」が渋滞していた。
でも、あとでやるつもりだったものほど、気づいたら積み上がっていく。
朝ごはんの皿は、夕飯後に食洗機を回すとき一緒にやろうと思って、そのままにしていた。
庭の草も、ずっと気になっていた。
子どもを習い事に送る時間も、迎えに行く時間も、毎回ギリギリ。
でも私は、母にあまり頼りたくなかった。
片道30分もかけて来てもらうのが申し訳ない。
もう十分助けてもらっている。
私だって大人なんだから、母親になったんだから、自分の家のことくらい自分でやらなきゃ。
そう思っていた。
けれど母は、そんな私の意地を軽々と飛び越えてくる。
孫の習い事の送迎に、当たり前みたいな顔で来てくれる。
しかも、毎回なにか差し入れを持ってくる。
「ついでだから」
「余ってたから」
「安かったから」
母はいつもそう言う。
本当は、ついでなんかじゃないことくらい分かっている。
わざわざ考えて、買って、作って、持ってきてくれている。
それなのに、絶対に恩着せがましくしない。
今日もそうだった。
頼んでもいないのに草を取ってくれていた。
放置していた皿も、気づいたら洗ってくれていた。
私が持たせようと思っていた卵も、言う前に勝手に持っていってくれていた。
それすら、ちゃんとメモに書いてある。
「一パック頂きます」
その一文が、なんだか母らしくて笑ってしまった。
いや、笑ったはずなのに、気づいたら涙が出ていた。
母は、私が何も言わなくても分かってくれる。
疲れていること。
余裕がないこと。
でも、助けてと言えないこと。
頼りたいのに、頼ることに罪悪感を覚えていること。
全部、分かっているみたいに、静かに生活の隙間を埋めてくれる。
けれど以前、ある人に言われたことがある。
「お母さん、ちょっとやりすぎじゃない?」
「勝手に家のことされるの、嫌じゃない?」
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