平和な東京の地下鉄に、 その「妖怪」は現れた。
場所は、東京メトロ・三越前駅のホーム。 三越百貨店が直結し、洗練された大人たちが静かに行き交う、 日本橋の象徴とも言える場所だ。
事件が起きたのは、誰もが疲れを抱えて帰路につく時間帯。
一人の女性が、電車を待っていた。 その背後に、一人の男が音もなく忍び寄る。
男の名は、藤木容疑者。
彼は、獲物を定めるような目で、ターゲットの女性を凝視していた。 その目は、欲望というよりも、常人には理解しがたい「異常な執着」に満ちていたという。
男は、至近距離まで近づくと、 まるで親しい友人に話しかけるような軽い口調で、こう囁いた。
「これから飲もうよ」
女性が驚いて振り返った、その瞬間だった。
男の顔が、異常な速さで迫る。 次の瞬間、女性の頬から鼻付近にかけて、 男の「舌」が這った。
……絶句。
その場にいた誰もが、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。 ドラマでも、小説でもない。 目の前で、見知らぬ男が、女性の顔を舐めている。
女性は悲鳴を上げ、反射的にその場から逃げ出した。
心臓は早鐘を打ち、全身の毛穴が恐怖で逆立つ。 とにかく、この場から離れなければ。 この「化け物」から逃げなければ。
だが、物語はここで終わらない。
現代の妖怪は、逃げる獲物を見て、さらに興奮を募らせた。
男は、必死に階段を駆け上がる女性を、 ニチャアとした笑みを浮かべながら追いかけたのだ。
駅のホームから、通路へ。 逃げる女性。 追う、藤木容疑者。
彼は、追いつくと、再び女性の顔に舌を伸ばした。 一度ではない。 何度も、何度も、舐め続けたのだ。
これが、令和の日本で起きた現実だ。
女性の絶望は、想像を絶するものだった。 肌にまとわりつく、他人の唾液の感触。 鼻を突く、生々しい呼吸。 「助けて」という声さえ、恐怖で喉に張り付いて出ない。
三越前駅の静かな通路に、 執拗な足音と、男の不気味な笑い声だけが響く。
しかし。
妖怪の「宴」は、長くは続かなかった。
この異様な光景を目撃していたのは、被害者だけではなかったからだ。
付近にいた乗客数人が、異変に気づいた。 「おい、何してるんだ!」 一人の男性が声を上げ、男に向かって走り出す。
その声を合図に、周囲の空気が一変した。 それまで「都会の無関心」を装っていた周囲の人々が、 一斉に、この卑劣な妖怪を取り囲む。
駅員が駆けつけ、警笛が鳴り響く。 三越前駅の凛とした空気が、怒号と正義感で満たされていく。
藤木容疑者は、さっきまでの余裕を失い、 キョロキョロと周囲を見渡し始めた。 「遊んでいただけだ」 「減るもんじゃないだろ」 そんな、理解不能な独り言をブツブツと呟きながら。
だが、その言い訳を許すほど、現場の空気は甘くなかった。
通報を受けて駆けつけた警察官たちが、 男の両脇をガッシリと固める。
「……離せよ! なんだよ!」
抵抗する男の腕に、冷たい手錠がかけられた。 その瞬間、藤木容疑者の顔からは、妖怪としての「威圧感」が消え失せた。
残ったのは、ただの、薄汚れた、初老の男。 自らの欲望をコントロールできず、 公共の場で女性の尊厳を泥靴で踏みにじった、惨めな犯罪者の姿だった。
パトカーに乗せられる際、男はうなだれていたという。 駅のホームで女性を追い回していた時の、あの不気味な勢いはどこへやら。 結局、権力(警察)と多勢を前にすれば、 妖怪もただの「卑小な人間」に過ぎなかったのだ。
被害に遭った女性は、その後、警察署で長い時間をかけて事情を説明した。 顔を何度も、何度も洗い流したという。 心の傷が癒えるまでには、相当な時間がかかるだろう。
だが。
この事件の結末は、確実な「勝利」で幕を閉じた。
藤木容疑者の逮捕によって、 三越前駅の「怪異」は完全に消滅したのだ。
防犯カメラに記録された、その醜悪な犯行の一部始終。
それは動かぬ証拠となり、彼を法廷という名の地獄へ引きずり出すだろう。 もう、彼が二度と、平穏な駅のホームを徘徊することはない。
SNSでは、この事件に対して怒りの声が爆発した。 「気持ち悪すぎる」 「二度と外に出すな」 「勇気を持って追いかけた周囲の人、素晴らしい」
三越前駅に、再び静寂が戻る。
今日、日本橋を歩く女性たちは、 昨日よりも少しだけ、胸を張って歩いているかもしれない。
なぜなら、私たちは知っているからだ。 どんなに気持ちの悪い妖怪が現れても、 最後には必ず、正義の鉄槌が下されるということを。
都会の闇は深い。 けれど、それを照らす光もまた、確実に存在している。
藤木容疑者、 お前の居場所は、もうこの街にはない。
牢獄の中で、自らの「舌」が犯した罪の重さを、 一生かけて味わうがいい。
今夜も、東京の地下鉄は走る。 妖怪のいない、清潔で、安全な、本来の姿を取り戻して。
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