《コンビニのトイレで、私は一人の店員が“限界まで押された証拠”を見てしまった》
コンビニのトイレで、私は思わず声に出しそうになった。
「杉山さん、もういい。もう休んで……」
壁に貼られていた清掃チェック表には、赤い印鑑がびっしり並んでいた。
1日、2日、3日。
朝10時も、夕方16時も。
ほとんど全部、同じ名前だった。
杉山。
最初は、ずいぶん几帳面な人だなと思った。
けれど、見れば見るほど違和感が膨らんだ。
休みの日がない。
担当者が変わっていない。
まるで、この店のトイレ清掃だけが一人の人間に押しつけられているみたいだった。
その時、個室の奥から小さな咳が聞こえた。
振り返ると、制服姿の男性が洗面台の横にしゃがみ込んでいた。
片手で壁を支え、もう片方の手には雑巾を握っている。
胸元の名札には、やはり「杉山」とあった。
顔色は悪く、額には汗がにじんでいた。
私は思わず声をかけた。
「大丈夫ですか?」
杉山さんは慌てて立ち上がろうとした。
「すみません、すぐ掃除しますので」
その言葉に、胸が詰まった。
謝る場面ではなかった。
明らかに休むべき状態だった。
その瞬間、トイレの入口から店長らしき男の声が飛んできた。
「杉山さん、まだ終わってないの?」
低い声だった。
心配ではなく、苛立ちの声だった。
杉山さんは小さく頭を下げた。
「すみません、少し気分が悪くて……」
すると店長は鼻で笑った。
「気分悪いって、みんな忙しいんだよ。トイレ終わったらレジ戻って」
私はそこで完全に火がついた。
この人は、倒れそうな従業員を見ても、まだ働かせるつもりなのか。
私は壁のチェック表を指差した。
「すみません、この表、ほとんど杉山さんの名前ですよね?」
店長の顔が一瞬こわばった。
「お客様には関係ありませんので」
その一言で、私は確信した。
関係ないと言って逃げる人ほど、見られたら困るものを隠している。
私はスマホを取り出し、清掃表を撮った。
店長が慌てて近づいてきた。
「勝手に撮らないでください」
私は静かに言った。
「個人情報が問題なら、名前を隠して本部に送ります。でも、この勤務状態は確認してもらいます」
店長は急に声を荒げた。
「杉山さんが自分でやるって言ったんですよ。真面目なんです、彼は」
私は笑いそうになった。
真面目という言葉を、都合よく使う人間がいる。
断れない人に押しつけて、文句を言わないから“真面目”。
倒れるまで働いても、休まないから“責任感がある”。
それは褒め言葉ではない。
搾取をきれいに見せるための包装紙だ。
私は杉山さんに向き直った。
「本当に自分から全部やりたいと言ったんですか?」
杉山さんは目を伏せた。
答えなかった。
その沈黙が、何よりの答えだった。
店長はさらに言った。
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