義兄に車を貸すたび、私は毎回、地味にストレスを溜めていました。
最初は、そこまで気にしていませんでした。
「ちょっと車貸して」
そう言われた時も、家族だし、困っているならお互い様かなと思っていました。
でも、それは一回や二回の話ではありませんでした。
義兄は、何かあるたびに私の車を借りに来るようになりました。
買い物に行きたい。
友達を迎えに行きたい。
ちょっと遠くまで用事がある。
理由は毎回違いましたが、返ってくる車の状態はいつも同じでした。
ガソリンはほぼ空。
メーターは赤ランプ寸前。
車体は泥だらけ。
車内にはコンビニ袋、ペットボトル、食べかけのお菓子。
一度なんて、後部座席の足元に唐揚げの串が落ちていました。
見つけた瞬間、私は本気で固まりました。
いや、ここは居酒屋のテーブルじゃない。
私の車です。
しかも、返ってきた後の給油も、洗車も、掃除も、全部私。
義兄は毎回、悪びれもせずに笑うだけでした。
「助かったわ〜」
その一言で終わり。
私の方はまったく助かっていません。
むしろ、毎回損しているだけでした。
ある日、さすがに我慢できなくなって、私はやんわり言いました。
「せめてガソリンくらい入れて返してください」
すると義兄は、スマホを見ながら笑いました。
「細かいな〜」
私は一瞬、聞き間違いかと思いました。
でも義兄は続けました。
「家族なんだから、それくらい普通だろ」
その言葉で、私の中の何かが静かに切れました。
ああ、この人は私の善意を“無料サービス”だと思っているんだ。
車は勝手にきれいになる。
ガソリンは勝手に増える。
汚しても、誰かが勝手に掃除する。
そう思っているんだと、はっきり分かりました。
夫にも相談しました。
でも夫は困った顔で、
「兄貴も悪気はないんだよ」
と言うだけ。
悪気がないから厄介なんです。
悪気がないふりをして、人の負担だけはきっちり増やしてくる。
私はもう、こちらから何かを言うのをやめました。
その代わり、全部記録することにしました。
借りる前のガソリンメーター。
返ってきた後のメーター。
車内のゴミ。
泥だらけの車体。
洗車代のレシート。
加油代のレシート。
何も言わず、淡々と写真を撮って保存しました。
そして数週間後。
また義兄から連絡が来ました。
「悪い、また車貸して。
ちょっと近所まで行くだけだから」
私はスマホの画面を見ながら、静かに笑いました。
近所まで。
この人の“ちょっと”ほど信用できない言葉はありません。
でも私は、今回は断りませんでした。
「いいですよ」
そう返しました。
ただし、その日、私はいつものように事前に給油しませんでした。
ガソリンメーターは、赤ランプぎりぎり手前。
近所を少し走るくらいなら問題ない。
でも、遠出したらかなり危ない。
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