
旅館で働いていると、もう嫌になるくらいマナーの悪いお客さんばかり見てきた。
部屋をめちゃくちゃ荒らして帰る人。備品をこっそり持ち去る人。物を壊しても知らんぷりで消える人。
だからいつしか私は、お客さんがチェックアウトするたび、心の中で身構えるようになっていた。
そんな疲れ切った毎日の中、その日の部屋はあまりにも静かで綺麗だった。
布団はきっちり畳まれ、ゴミ一つ落ちていない。
「きっと常識のある優しい方だったんだろう」
そう思って机に近づいた瞬間、一枚のレシートの裏紙が置かれていた。
『オーナーさんへ』
丁寧で優しい文字が目に入った。
「素敵なお宿をありがとうございます」
そこまで読んだだけでも温かい気持ちになったのに、続きを読んで一瞬息を飲んだ。
「洗濯機のネジを一つ外してしまいました。
黙って帰るわけにはいかないので、修繕費を置いておきます。申し訳ありません」
見ると、確かに小さなネジが一つ取れていた。普通なら誰も気づかない、ほんの小さな不具合。
なのにこの方は、誰も見ていない場所でも、自分の過ちをきちんと認め、手紙を書き、お金まで残してくれた。
最後に添えられた一言。
「熊本旅行、とても満足でした。また来させていただきます」
最近は迷惑客の話ばかり目について、人の優しさなんて忘れかけていた。
でもこの一枚の手紙を見て、思い出させてもらった。
人の品格や育ちは、大きな出来事じゃない。誰も見ていない小さな瞬間に出るものだ って。
こんな温かい人に出会えて、疲れた心が少しだけ救われた気がした。
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