ホテルをチェックアウトして、駅へ向かって歩き出した瞬間だった。
ふと、頭の中に一つの違和感がよぎった。
「あれ……目覚まし時計、部屋にあったよね?」
次の瞬間、心臓がぎゅっと縮んだ。
私はその場で立ち止まり、キャリーケースの持ち手を握ったまま固まった。
チェックアウト前、部屋はいつも通り整えた。
ベッドの上も、洗面台も、机の上も確認したつもりだった。
でも、あの小さな目覚まし時計だけが、頭の中でどうしても引っかかる。
「まさか、持って帰ってないよね……?」
自分でそう思った瞬間、嫌な汗が出た。
ホテルの備品をうっかり持ち帰るなんて、普通に恥ずかしい。
わざとじゃない。
でも、もし清掃員さんが部屋に入って、時計がないことに気づいたら?
「え、時計がない」
「お客様が持って帰ったのかな」
「どう報告しよう」
そんな場面が勝手に頭の中で再生されて、どんどん焦ってきた。
私は普段、ホテルを出る時はかなり気をつけている。
ゴミはまとめる。
タオルは一か所に置く。
使ったものは分かりやすくする。
清掃員さんが少しでも楽になるように、できる範囲で整えてから出る。
だからこそ、今回の“目覚まし時計事件”は、自分の中で妙に大きな問題になってしまった。
「電話する? いや、まず確認しよう」
私は駅の端に寄って、旅行バッグを開けた。
服。
充電器。
化粧ポーチ。
お土産。
昨日買った飲み物。
ひとつずつ確認していく。
「ないよね……ない、よね?」
そう思った次の瞬間、バッグの奥から、見覚えのある角が見えた。
小さな黒い目覚まし時計。
きれいに、私のバッグの中に入っていた。
「あった……」
声が出た。
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