「ご祝儀の金額を確認してから、引き出物をお渡しします」
友人の結婚式でスタッフにそう言われた瞬間、私の中で何かが静かに切れた。
その日、私は朝から少し浮かれていた。
学生時代からの友人が結婚する。
何度も恋愛相談を聞いてきた相手だったし、幸せになってほしいと本気で思っていた。
だから私は、迷わずご祝儀に5万円を包んだ。
正直、私にとって軽い金額ではなかった。
それでも、彼女の新しい門出を心から祝いたかった。
会場に着くと、華やかな装花と笑顔の親族たちが並んでいた。
受付でご祝儀袋を渡し、席次表を受け取った時も、私はまだ胸が温かかった。
ところが、自分の席に着いた瞬間、違和感に気づいた。
左右の席には、きれいに包まれた引き出物が置かれている。
前の席にも、後ろの席にもある。
なのに、私の席だけ何もなかった。
最初は単なる置き忘れだと思った。
忙しい日だし、スタッフさんも大変なのだろうと考えた。
私は近くのスタッフに声をかけた。
「すみません、私の席だけ引き出物がないみたいなんですが」
するとスタッフは、少し表情を曇らせた。
そして、まるで事務処理でもするような声で言った。
「お客様のご祝儀額を確認してから、お渡しすることになっております」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「え、金額を確認してから、ですか?」
スタッフは気まずそうにうなずいた。
その瞬間、会場の華やかさが一気に色あせた。
私は引き出物が欲しくて来たわけではない。
でも、祝福の気持ちを差し出した相手から、まるで値踏みされるような扱いを受けるとは思わなかった。
しかも私は5万円を包んでいる。
金額の問題ではない。
人の気持ちを、封筒の中身で確認しようとする神経が信じられなかった。
私は深呼吸して言った。
「責任者の方を呼んでください」
しばらくして、新婦の両親がやって来た。
新婦の母は、私を見るなり小さく笑った。
「ごめんなさいね、こちらも公平にしないといけないので」
公平。
その言葉で、私は完全に冷めた。
「公平って、祝福に値札をつけることですか?」
新婦の父が眉をひそめた。
「皆さん金額が違いますから、こちらも失礼のないように」
私は思わず笑ってしまった。
失礼のないように。
私の席だけ空っぽにして、スタッフに金額確認と言わせておいて、それが失礼ではないと言うのか。
私はスマホを取り出した。
そして新婦とのメッセージ画面を開いた。
そこには、式の数週間前に彼女が送ってきた言葉が残っていた。
「本当に来てくれるだけでうれしい。ご祝儀とか気にしないでね。来てくれることが一番の祝福だから」
私はその画面を、新婦の両親の前に差し出した。
「娘さんは、こう言っていました」
近くにいた親族数人も、その画面を見た。
空気が一気に変わった。
新婦の母の顔から、余裕の笑みが消えた。
父親も言葉を失っていた。
私は続けた。
「私はこの言葉を信じて来ました」
誰も何も言わなかった。
「でも、実際には金額を確認されるまで、客として扱われないんですね」
その場にいた親族の一人が、小さくつぶやいた。
「それはさすがにひどいわ」
その一言で、新婦の両親の顔色がさらに変わった。
私は受付へ向かった。
スタッフが慌てて止めようとしたが、もう遅かった。
「私のご祝儀袋を返してください」
新婦の母が慌てて言った。
「ちょっと待って、今さらそんなことをされたら困ります」
私は振り返った。
「困るのは、金額で人を見た結果ですよね」
会場の視線が一気に集まった。
私はご祝儀袋を受け取ると、その場でバッグにしまった。
そしてはっきり言った。
「祝福を先に検品するような家に、私の気持ちは渡せません」
新婦の父が何か言おうとした。
でも、隣にいた親族が低い声で言った。
「これは謝ったほうがいい」
その瞬間、二人は完全に黙った。
私は席に戻らなかった。
料理も食べなかった。
写真も撮らなかった。
ただ、出口へ向かった。
背中の後ろでざわめきが広がっていくのが分かった。
でも、不思議と後悔はなかった。
外に出ると、冷たい風が頬に当たった。
私はそこで初めて、胸の奥が少し軽くなった。
あとから共通の友人に聞いた。
あの後、親族の間でかなり話題になったらしい。
「ご祝儀を確認してから引き出物を渡すなんて、聞いたことがない」
「来てくれた人に失礼すぎる」
そんな声があちこちから上がったという。
新婦からは、その日の夜に短い謝罪のメッセージが届いた。
けれど、私はすぐには返せなかった。
彼女を祝福した気持ちは嘘ではない。
でも、あの場で私の気持ちを踏みにじったのも事実だった。
人間関係は、ご祝儀の金額で決まるものではない。
引き出物の有無で価値を測られるものでもない。
私があの日取り戻したのは、5万円だけじゃない。
軽く扱われたまま笑って座り続けない、自分の尊厳だった。