「卒業旅行で東京に行きたい。そのためにお金を貯めてる」
息子がそう言い始めたのは、今から1年以上前だった。
中学の友達と、卒業したら東京へ行く。
そのために少しずつお小遣いを貯めて、バイトはできないから節約もして。
勉強も頑張っていた。
「受験終わったら、みんなで行くんだ」
その言葉を励みにしていたのを、私はずっと見ていた。
そして――夫も、見ていたはずだった。
最初は何も言わなかった。
息子が計画を話しても、夫は特に反対する様子もなかった。
だから私も、息子も、当然行けるものだと思っていた。
ところが。
出発の数週間前になって、突然夫が言った。
「ダメだ」
息子が驚いて聞き返す。
「え?」
夫は続けた。
「東京なんか行くな」
さらに、信じられない一言。
「もし行ったら――縁を切る。もう二度と会わない」
空気が凍った。
冗談ではない。
完全に本気の声だった。
私は思わず聞いた。
「…なんで今さら?」
だって、この旅行は1年前から決まっていた。
息子がずっと準備してきたのも知っている。
今になってそんなことを言う理由が分からない。
問い詰めて返ってきた答えは、正直言って耳を疑うものだった。
まず一つ目。
「中学生が友達同士で旅行なんて早すぎる」
…いや、それは分かる。
親として心配する気持ちは理解できる。
でも、それなら。
1年前に言うべきじゃない?
予約も済んで、もう出発直前の今?
私は言葉を飲み込んだ。
そして二つ目の理由。
「友達と行くくらいなら、俺と行け」
一瞬、意味が分からなかった。
卒業旅行って、何のためのもの?
中学生活を一緒に過ごした仲間と、最後に思い出を作る。
それが卒業旅行じゃないの?
父親と旅行するイベントじゃない。
私は思わず黙ってしまった。
そして三つ目。
これが一番ひどかった。
「だいたい、一緒に行くあいつが前から嫌いだった」
……は?
つまり、気に入らない友達がいるから行かせない?
息子の人間関係まで、父親の好みで決めるの?
正直、怒りで言葉が出なかった。
息子は普段、父親に逆らわない子だ。
でもこの時だけは違った。
「俺、行く」
小さな声だったけど、はっきりしていた。
その目は、今まで見たことがないくらい真剣だった。
私はその瞬間、決めた。
今回は、100%息子の味方をする。
夜行バスの予約はすでに済んでいる。
あとは当日、出発するだけ。
問題は――
夫だった。
出発の日。
息子はキャリーケースを準備して、奥の部屋に隠した。
夫は普段、仕事のあと飲みに行く。
帰宅はだいたい深夜0時過ぎ。
その時間なら、息子はもうバスに乗っている。
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