昨日、駅でちょっと不思議な出来事があった。
仕事帰り、いつものように駅に向かって歩いていたら、改札の前で一人のおばあさんが立ち尽くしていた。
何度もバッグの中を探しては、また周囲を見回している。
明らかに困っている様子だった。
でも、その横を通る人たちはみんな素通り。
ちらっと見る人はいても、声をかける人は誰もいない。
正直、私も一度は通り過ぎた。
仕事で疲れていたし、早く帰りたかったから。
でも数歩進んだところで、後ろから小さな声が聞こえた。
「どうしよう…」
振り返ると、さっきのおばあさんが改札の前でオロオロしている。
その姿を見た瞬間、なんとなく放っておけなくなってしまった。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、おばあさんは少し驚いた顔をして、すぐに頭を下げた。
「ごめんなさいねぇ…ちょっと、病院に行きたいんだけど…」
どうやら、病院の場所が分からなくて困っていたらしい。
スマホも持っていないし、駅の案内図もよく見えないとのこと。
私はスマホで地図を調べて、場所を確認した。
駅から歩いて10分くらい。
説明するより、一緒に行ったほうが早そうだった。
「ちょうど時間あるので、近くまで行きますよ」
そう言うと、おばあさんは何度も頭を下げながら
「遠いところ本当にありがとうねぇ…」
と、何度も繰り返した。
いや、別に遠くないし。
むしろ帰り道の途中だし。
正直、そんな大したことじゃない。
歩きながらおばあさんはぽつりぽつりと話してくれた。
最近は一人で出かけるのが怖いこと。
年を取ると、ちょっとしたことでも不安になること。
誰かに聞こうとしても、みんな忙しそうで声をかけにくいこと。
「高齢になるとねぇ、不安で不安で…」
そう言って、少し寂しそうに笑った。
私は
「そんなことないですよ」
としか言えなかった。
10分ほど歩いて、無事に病院の入口に到着。
「ここですよ」
そう言うと、おばあさんは安心したように何度も頭を下げた。
「本当に助かりました。心強かったです」
そんなに感謝されるほどのことじゃないのに。
なんだかこっちが恐縮してしまう。
「いえいえ、気をつけてくださいね」
そう言って、その場で別れた。
おばあさんは何度も振り返りながら
「ありがとうねぇ…」
と手を振っていた。
それで、その話は終わったと思っていた。
私は急いで駅に戻り、そのまま電車に乗った。
席に座って、ふとバッグを開けたときだった。
見覚えのない白い封筒が入っていた。
「え?」
最初は何だか分からなかった。
でも、封筒を開けた瞬間にすぐ気づいた。
中には、手書きの手紙と、きれいに折られたお札が入っていた。
手紙には、こう書いてあった。
「遠い所へありがとうね
心強かったよ
高齢になると不安で不安でね
助かりました
お礼です 受け取って下さいね」
たぶん、さっきのおばあさんだ。
歩いている途中か、別れるときか。
気づかないうちに、こっそりバッグに入れたんだろう。
私はしばらく、その紙を見つめたまま動けなかった。
たった10分のことだ。
本当に、ただ道案内しただけ。
それなのに。
「心強かったよ」
その一言が、胸に刺さった。
周りを見ると、電車の中はいつも通りだった。
スマホを見ている人。
眠っている人。
誰も、こっちなんて見ていない。
なのに、気づいたら涙が止まらなかった。
必死に顔を隠しながら、手紙を握りしめた。
お礼なんて、いらなかったのに。
でも。
たぶん。
あの時、一番救われたのは――
私のほうだったんだと思う。
そして今、電車の中で
一人、号泣している。