配送の仕事をしていると、誰でも一つや二つはある。
「できれば二度と行きたくない場所」。
その中でも、うちの会社でダントツ1位なのが――
とあるタワーマンション。
きっかけは、一本の配送だった。
その日、あるドライバーが朝からそのタワマンを担当することになった。
荷物は50個以上。
「まあタワマンだから時間かかるな」
最初は、みんなそんな感じだった。
タワマン配送が大変なのは業界では有名だ。
・エレベーター待ち・受付手続き・セキュリティ・高層階
普通のマンションなら30分で終わる荷物が、
2時間以上かかることもある。
その日もまさにそれだった。
しかも担当は新人の女性ドライバー。
慣れていないこともあり、
作業は想像以上に時間がかかった。
ようやく配送が終わり、
地下駐車場の精算機に駐車券を入れた。
表示された金額を見て、
その場で固まった。
3000円。
「……は?」
配送で来ただけ。
それなのに、
駐車代3000円。
そのドライバーは、会社に戻るなり言った。
「すみません…赤字です」
最初はみんな笑った。
「タワマンあるあるだな」
でも、次の日。
別のドライバーが同じ建物に配送した。
今度は1時間半。
駐車料金は――
2000円。
さらに次の日。
また別の人。
2400円。
そこで、さすがに空気が変わった。
「いや待て」
「これおかしくない?」
だってそうだ。
俺たちは
遊びに来てるんじゃない。
荷物を届けに来ている。
それなのに、
届ける側が駐車代を払う。
しかもタワマンは、
一度入ると長時間になる。
つまり
配送すればするほど赤字。
あるベテランドライバーが言った。
「これさ…」
「行かなきゃいいんじゃない?」
最初は冗談だった。
でも。
その日から、少しずつ変化が起きた。
そのタワマンの荷物が出ると、
ドライバーたちが言う。
「パス」
「俺も無理」
「そこ赤字」
配車担当も困り始めた。
「誰か行ってくれない?」
でも返ってくる答えは同じ。
「行くなら駐車代出して」
会社も調べた。
すると分かった。
このタワマン、
配送専用駐車場がない。
だから、
配送でも一般駐車扱い。
つまり。
配達すればするほど損。
その結果どうなったか。
ある日、
ついに事件が起きた。
タワマンのフロントから電話が来た。
「荷物が届かないんですが」
配送会社の回答はシンプルだった。
「配送可能ですが、駐車料金の補填が必要になります」
フロントは驚いた。
「え?」
当然だ。
今までそんなこと言われたことない。
でも配送側は引かなかった。
「配送で駐車代3000円は赤字なので」
それから数日。
そのタワマンの荷物は、
配送センターに山積みになった。
住人から問い合わせが増えた。
「荷物まだ?」
「なんで届かないの?」
そしてついに、
管理会社が動いた。
タワマンの掲示板に、
新しい張り紙が出た。
「配送業者専用駐車スペースを設置しました」
さらに。
「30分無料」
それを見たとき、
配送センターのドライバー全員が笑った。
誰かが言った。
「最初からそうしろよ」
そして別の人が言った。
「タワマンってさ」
「高い建物なのに、配送のこと全然考えてないよな」
でも。
今回のことで一つ分かった。
配送業者は、
ただの“便利屋”じゃない。
物流が止まれば、タワマンも止まる。
それを理解するまで、
この建物は
たった数日の配送ストップが必要だった。
そして今では、
そのタワマンの荷物を見ると
ドライバーたちは笑って言う。
「ここ? 今は行くよ」
「駐車場できたからな」
でもそのあと、
必ずこう付け加える。
「最初は誰も行かなかったけどな。」