家の前に、またあの黒い車が停まっていた。
もう何度目か分からない。
黄色い線の向こうは公道。
こちら側は私有地。
それなのに、その車は毎回、わざとみたいに車体を斜めに入れてくる。
完全に公道でもない。
完全に私有地でもない。
一番いやらしい場所に、絶妙な角度で停めてくるのだ。
最初は、たまたまだと思っていた。
道が狭いから仕方ないのかもしれない。
少しの時間だけなのかもしれない。
そうやって自分に言い聞かせていた。
でも、半年、一年、そして二年。
その車は当たり前のように、うちの前を“自分専用の無料駐車場”にしていった。
困るのは、私だけではなかった。
ゴミ収集車が入りにくくなる。
近所のお年寄りが手押し車で通るとき、車を避けて大きく回り込まなければならない。
雨の日には視界が悪くなり、曲がってくる車と歩行者がぶつかりそうになったこともあった。
それでも車の持ち主は、まるで悪びれなかった。
ある日、私が勇気を出して声をかけた。
「すみません、ここ私有地にもかかっているので、停め方を変えてもらえませんか」
すると男は、ちらりと私を見て笑った。
「全部入ってるわけじゃないでしょ」
その言い方で分かった。
この人は、分かっていてやっている。
さらに男は、車のドアを閉めながら言った。
「文句あるなら警察でも呼べば?」
その言葉通り、私たちは警察にも相談した。
地主さんにも相談した。
周りの住人にも話した。
でも、車が完全に私有地へ入り込んでいるわけではないせいで、対応はいつも中途半端だった。
注意されると、その日は少しだけ動かす。
でも次の日には、また同じ場所に戻ってくる。
まるで「ほら、何もできないだろ」と言われているようだった。
正直、何度も怒鳴りたくなった。
でも怒鳴ったところで、相手は喜ぶだけだと思った。
だから私は、やり方を変えた。
その日から毎日、写真を撮ることにした。
停まっている時間。
角度。
車体がどこまで私有地側に入っているか。
通行の邪魔になっている様子。
雨の日、夕方、ゴミ収集日、子どもが通る時間。
すべて記録した。
ただの写真では弱いと思い、私は画像に線を引いた。
黄色い線を境に、青い部分が公道。
赤い部分が私有地。
誰が見ても分かるようにした。
最初はスマホの中だけだった記録が、気づけば何十枚にもなっていた。
近所の人たちも協力してくれた。
「この日、宅配の車が入れなくて困っていました」
「母が歩行器で通れず、遠回りしました」
「子どもが車の陰から出てきて、ヒヤッとしました」
私はそれらの証言も、日付ごとにまとめた。
そして二か月後。
私は一冊の資料を作った。
表紙には大きくこう書いた。
「迷惑駐車記録報告書」
中身はシンプルだった。
写真。
日時。
場所。
影響。
そして、何度相談しても改善されなかった経緯。
感情的な言葉は入れなかった。
「腹が立つ」とも、「許せない」とも書かなかった。
ただ事実だけを並べた。
それが一番強いと思ったからだ。
その資料を、地主さん、自治会、関係部署に提出した。
さすがに、全員の顔つきが変わった。
一枚の写真なら「たまたま」で終わる。
でも、二年分の迷惑が時系列で並ぶと、もう言い逃れはできない。
地主さんは静かに言った。
「ここまで続いているなら、こちらも動きます」
数日後、私有地の境界に新しい表示が立った。
さらに、土地の内側に防護ポールが設置された。
もちろん、公道には一切はみ出していない。
誰にも文句を言われない、完全にこちら側の対策だった。
そして、その日の夕方。
例の黒い車が、いつものようにやって来た。
私は二階の窓から見ていた。
男は当然のようにハンドルを切り、いつもの角度で入れようとした。
しかし、車の頭が入る前に、防護ポールが立ちはだかった。
男は一度止まった。
少しバックした。
もう一度入れようとした。
でも、無理だった。
今まで好き勝手に使っていた“逃げ道”は、もう消えていた。
男は車から降りて、ポールを見つめた。
そしてこちらに気づくと、何か言いたそうに顔をしかめた。
私は窓を開けて、静かに言った。
「今回は、線が見えにくいとは言えませんよね」
男は何も言い返せなかった。
しばらく立っていたが、最後は乱暴にドアを閉め、車を出していった。
その日から、あの黒い車は来なくなった。
たった一本のポールで解決したように見えるかもしれない。
でも本当は違う。
二年間、我慢して、記録して、証拠を積み重ねたから動かせたのだ。
優しく言っても伝わらない人はいる。
常識に任せても、変わらない人はいる。
そういう相手には、怒鳴るより、証拠を見せた方が早い。
家の前の道がすっきりした朝、私は久しぶりに深く息を吸った。
そして心の中で思った。
人の土地を都合よく使っておいて、最後まで逃げられると思ったら大間違いだ。