「警告しても無視するなら、もう“お願い”じゃなくて“請求書”にするね。」
私がそう決めたのは、同じ車が三日連続でうちの駐車場に停まっていた朝だった。
最初は、ただの間違いだと思った。
うちの駐車場は道路沿いにあって、たしかに初めて来た人には分かりにくいのかもしれない。
だから一日目は、怒らずに紙を貼った。
「ここは私有地の駐車場です。無断駐車はご遠慮ください」
できるだけ丁寧に書いたつもりだった。
でも翌日、仕事から帰ってくると、また同じ車がそこにあった。
私は買い物袋を両手に持ったまま、しばらく車の前で立ち尽くした。
自分の駐車場なのに、私は近くのコインパーキングを探して、そこから荷物を抱えて歩いて帰ることになった。
さすがに腹が立って、二枚目は少し強めに書いた。
「ここは契約者専用です。次回から管理会社へ連絡します」
それをワイパーに挟んで、写真も撮った。
これで普通はやめると思った。
ところが三日目。
またいた。
しかも、前より堂々と真ん中に停まっていた。
その瞬間、私の中で何かが静かに切れた。
近所の人は言った。
「たぶん近くの大学の子じゃない?若いんだから、少しくらい大目に見てあげたら?」
私は笑って返した。
でも内心では、全然笑えなかった。
若いから何をしてもいいわけじゃない。
知らなかったなら、一回目でやめればいい。
注意されて、それでも続けるのは、もう間違いじゃなくて確信犯だ。
そして決定的だったのは、その日の夕方だった。
たまたま窓から外を見ると、若い男の子が車に近づいてきた。
彼はワイパーに挟まれた紙を見た。
一瞬止まった。
そして次の瞬間、紙をくしゃっと丸めて、何事もなかったようにポケットへ入れた。
謝るどころか、悪びれる様子もない。
私はその様子を見て、逆に冷静になった。
ああ、そういうことね。
お願いされても分からないなら、分かる形に変えてあげるしかない。
翌朝、私はいつもの紙ではなく、少し大きめの紙を用意した。
太いペンで、短く、大きく書いた。
「君は誰?」
その下に続けた。
「ここはうちの駐車場です」
さらに、一番目立つところにこう書いた。
「無断駐車対応料 20,000円」
もちろん、その場で勝手にお金を取るつもりなんてない。
でも、もう“やめてください”だけでは通じない相手だと分かっていた。
だから私は同時に、日付、時間、車のナンバー、貼り紙を無視した記録を全部まとめた。
一日目の写真。
二日目の写真。
三日目の写真。
そして、紙を丸めて持って行った瞬間の写真。
全部そろえて、管理会社へ連絡した。
「これ以上続くなら、正式に対応してください」
電話口の担当者は、写真を見てすぐに言った。
「これは悪質ですね。こちらでも記録します」
その言葉を聞いた時、胸の奥が少しだけ軽くなった。
私はその大きな紙を、車のフロントガラスにしっかり貼った。
風で飛ばないように、目立つ位置に。
文字が通行人にも見えるくらい、はっきりと。
その日の午後、私は家の中から外を見ていた。
そして、ついに彼が戻ってきた。
最初はいつもの調子で歩いていた。
でも車の前に立った瞬間、足が止まった。
紙を見た。
顔が固まった。
周りを見回した。
さっきまでの余裕は、きれいに消えていた。
数分後、家のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこにはさっきの男の子が立っていた。
顔色は明らかに悪かった。
「あの……すみません、車の件で……」
私は何も言わず、用意していた記録を出した。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
そして、彼が警告の紙を丸めて持って行った写真。
彼の口が、そこで止まった。
「一回だけだと思ってました」とは言えない。
「知らなかった」とも言えない。
全部、残っているから。
ちょうどその時、管理会社の担当者も来てくれた。
彼はさらに小さくなった。
担当者が淡々と言った。
「こちらは契約者専用の駐車場です。今後同じことがあれば、警察への相談も含めて対応します」
彼は何度も頭を下げた。
「本当にすみませんでした。もう二度と停めません」
私はそこで初めて口を開いた。
「最初の紙でやめてくれていたら、ここまでしませんでした」
彼は黙ってうなずいた。
その後、彼は管理会社の指示に従って迷惑駐車分の費用を支払い、念書まで書いた。
車はすぐに移動された。
私の駐車場には、久しぶりに何もない空間が戻ってきた。
ただの空きスペースなのに、その日はやけに広く見えた。
数日後、近所の人が声をかけてきた。
「あの車、来なくなったね。実はうちも困ってたのよ」
私は思わず笑った。
「大目に見るのは、一回目までですね」
警告しても無視。
貼り紙を変えても無視。
でも、記録をそろえて正式に動いたら、相手は一瞬で黙った。
やっぱり、こういう人には長い説教より、逃げられない証拠のほうが効く。
あの日から、うちの駐車場はずっと静かです。