「そんなの、もう間に合わないだろ」
夫がそう言った直後、玄関のチャイムが鳴った。
その瞬間、リビングにいた息子が、弾かれたように立ち上がった。
29日の夜だった。
日本代表とブラジルの試合がある日。
息子は朝からずっと落ち着かなかった。
「ママ、ユニフォーム今日届くよね?」
「夜までに着られるよね?」
何度も聞かれるたびに、私は「たぶん大丈夫」と答えていた。
本当は、私のほうがずっと不安だった。
だって、注文したのは一昨日の28日。
息子が突然、「日本代表のユニフォームを着て試合を見たい」と言い出して、私は慌ててadidasで購入した。
もっと早く買っておけばよかった。
そう思いながらも、発送通知を見て少し安心していた。
29日の午前中に届く予定だったからだ。
ところが、その午前中に限って、私はどうしても外せない用事で家を出ていた。
帰宅してポストを見た瞬間、心臓が嫌な音を立てた。
不在票が入っていた。
「あ……やってしまった」
手に取った瞬間、体の力が抜けた。
息子にどう言えばいいのか分からなかった。
リビングに入ると、息子はすぐに私の顔を見た。
「届いた?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「ごめん、午前中に来てくれたみたいなんだけど、受け取れなかった」
息子は少しだけ目を丸くした。
でもすぐに笑った。
「そっか、じゃあ今日は前の服で見るよ」
その言い方が、逆につらかった。
本当はがっかりしているのに、私を責めないようにしているのが分かったから。
その横で、夫がスマホを見ながら冷たく言った。
「そもそも前日に買うのが無理なんだよ」
私は黙った。
正論だった。
でも、その言い方に胸がざらついた。
夫は続けた。
「配達員さんだって忙しいんだから、そんな子どものユニフォーム一枚のために動くわけないだろ」
息子が少しうつむいた。
私はその顔を見た瞬間、黙っていられなくなった。
「一枚の服じゃないよ」
夫が顔を上げた。
「息子にとっては、今日を楽しみにする理由だったんだよ」
夫は少し鼻で笑った。
「でも現実は現実だろ。次から早く買えばいいだけ」
たしかに、私が遅かった。
それは分かっている。
でも、だからといって、今できることを諦める理由にはならない。
私はもう一度、不在票を見た。
すると、そこに手書きの文字があることに気づいた。
印刷された定型文ではなかった。
走り書きのような文字で、こう書かれていた。
「今日必要だと思われて、電話ください!」
私は思わず息をのんだ。
配達員さんは、箱に書かれた「adidas」や、宛名を見て気づいたのかもしれない。
もしかしたら、中身がユニフォームだと分かったのかもしれない。
そして、この日が試合の日だと知っていたのかもしれない。
もちろん、本当のところは分からない。
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