「“自家栽培です”って言ってた、ボロボロの服を着たおじいさんから買ったさつまいも、切ったらほとんど全部腐ってた。」
最初は見間違いかと思ったけど、一本じゃなかった。
何本切っても中は黒くて、食べられるものがほとんどない。
……は?
正直、あの見た目だったから、少しでも助けになればと思って全部買ったのに。
嫌な予感がして外に出たら、その人まだ同じ場所で売ってた。
しかも補充してる袋、イオンの袋。
ちょうど別の人が買おうとしてて、思わず言った。
「それ、買わない方がいいです」
その瞬間——
おじいさんの顔が、一気に変わった。
さっきまでの、あの少し弱々しい表情はどこにもなかった。
じっとこちらを見てくる。
何も言わない。
でも、明らかに空気が変わった。
……ああ、そういうことか。
そう思った。
隣でさつまいもを手に取っていた人が、少し戸惑った顔でこちらを見た。
「え、そうなんですか?」
私は袋を見せた。
「中、ほとんど腐ってます」
その人は一瞬止まって、手を引っ込めた。
「え…それはちょっと…」
そのやり取りを見て、おじいさんが口を開いた。
「そんなことないよ」
低い声だった。
さっきとは全然違う。
「ちゃんとしたやつだよ」
私は少しだけ息を吐いた。
「じゃあ、これ見ますか」
袋から一本取り出して、その場で割った。
中は、やっぱり黒かった。
周りにいた人も、思わず覗き込む。
「あ…」
小さな声が漏れる。
私は続けて、もう一本。
また黒い。
さらにもう一本。
やっぱり同じだった。
沈黙が落ちた。
さっきまで普通に流れていた時間が、少し止まった気がした。
おじいさんは何も言わない。
でも、表情は明らかに硬くなっていた。
その時だった。
「どうしたんですか?」
通りかかった人が声をかけた。
さっきの人が言った。
「このお芋、ほとんど腐ってるみたいで…」
「え?」
また人が集まる。
誰かが言った。
「さっきも買おうと思ってたけど…」
空気が少しずつ変わっていく。
私はその場で、静かに言った。
「これ、最初から分かってて売ってますよね」
おじいさんはすぐには答えなかった。
少し間があってから、
「…そんなことない」
とだけ言った。
でも、その言い方は弱かった。
私は袋を軽く持ち上げた。
「じゃあ、これどうします?」
おじいさんは、舌打ちするように息を吐いた。
そして、少しイラついた声で言った。
「じゃあ返すよ」
ポケットからお金を出して、差し出してくる。
その顔は、さっきとは全然違った。
少し苛立っているような、
面倒くさそうな表情だった。
「ほら、これでいいだろ」
そして続けて言った。
「もう来なくていいからな」
「商売の邪魔すんな」
その言い方に、少しだけ胸が引っかかった。
でも私は、そのお金を見て——
少しだけ考えて、
首を振った。
「いえ、大丈夫です」
おじいさんが一瞬、眉を動かした。
「いらないのか?」
私は静かに言った。
「お金はいらないです」
「でも——」
少しだけ間を置いて、
続けた。
「これから、こういうの売るのはやめた方がいいと思います」
周りが静かになる。
私は続けた。
「買う人、みんな悪い人じゃないですよ」
「むしろ、信じて買ってる人ばっかりです」
おじいさんは何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を落とした。
私はそれ以上何も言わなかった。
その場を離れた。
正直、スッキリしたかと言われたら、
そうでもなかった。
でも——
あのまま何も言わなかったら、
もっと嫌な気持ちが残っていたと思う。
それからしばらくして、
同じ場所を通った。
あの場所には、もうさつまいもはなかった。
代わりに、
小さなテーブルと、
色とりどりのおもちゃが並んでいた。
そして、
あのおじいさんがいた。
前よりも少しだけ、きれいな服を着ていた。
通りかかる子どもに、
何かを説明している。
その顔は、前とは違って見えた。
子どもが笑って、
おもちゃを手に取る。
おじいさんも、少しだけ笑っていた。
その光景を見て、
私はそのまま通り過ぎた。
たぶん——
あれでよかったんだと思う。
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