母が30年間父を「課長」と呼んでいる。 父は一度も課長になったことがない。 私が物心ついた時からずっとそうだった。 「課長。お風呂沸いたよ。」 「課長。ご飯できたよ。」 父は普通に返事をする。 一度だけ友達の前で母がそれをやった。 友達は私の父を本物の課長だと思った。 「お父さんって偉い人なんだね。」 訂正できなかった。 父は万年平社員だった。 去年父が定年退職した。 退職の日も母は玄関で言った。 「課長。お疲れ様でした。」 父はその日だけ返事をしなかった。 代わりに泣いていた。 父が泣くのを見たのは初めてだった。 母に理由を聞いた。 母は、
笑って「内緒。」と言った。
父の四十九日のあと母が話してくれた。
父は42歳の時に一度だけ課長への昇進を打診されていた。
私はてっきり新婚時代のあだ名か何かだと思っていた。
違った。
昇進の条件は大阪への単身赴任だった。
当時私は小学2年生だった。
そして祖母の介護が始まった年だった。
父は3日考えて断った。
会社にはそれきり昇進の話は来なかった。
父は断ったことを母にも黙っていた。
でも母は知っていた。
辞令の打診書がゴミ箱に捨ててあったのを見つけたから。
母はその夜どうするか考えた。
問い詰めるのは違う気がした。
労うのも違う気がした。
だから翌朝玄関で初めて言った。
「課長。いってらっしゃい。」
父は一瞬固まった。
そして何も聞かずに「行ってきます。」と言った。
それから30年間2人は一度もその話をしなかった。
母は私に言った。
「会社が認めなくても私が認めてる。だから課長。」
退職の日に父が泣いた理由がやっと分かった。
30年間バレてないと思っていた秘密が。
最初の朝からずっとバレていたと気づいたから。
私は今母を「社長」と呼んでいる。
最初は冗談のつもりだった。
でも母は毎回ちゃんと返事をする。
母が30年間呼び続けたのは役職じゃなかった。
父が家族を選んだ日に母だけが渡した辞令だった。
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