「月収31万円で、小遣い3万5千円?それ、完全に洗脳されてるだろ」
同僚にそう笑われた夜、私は初めて自分の結婚生活に不安を覚えました。
私は結婚して6年、毎月の給料31万円のうち、27万5千円を妻に渡していました。
自分の小遣いは3万5千円。
昼食代、コーヒー代、たまの飲み会代。
正直、贅沢なんてできません。
でも私は、それでいいと思っていました。
妻は細かいけれど堅実で、家計を任せれば安心だと思っていたからです。
ところが同僚たちは違いました。
「男として情けなくない?」
「奥さんに財布握られて終わってるじゃん」
「逃げられたら何も残らないぞ」
笑いながら言われた言葉が、帰り道ずっと頭から離れませんでした。
そんな時、会社が移転しました。
通勤は一気にきつくなり、乗り換え2回、片道1時間以上。
毎日帰る頃には腰が重く、玄関で靴を脱ぐだけでもため息が出るようになりました。
ある夜、私は思い切って妻に言いました。
「車、買い替えた方がいいかな」
そして、少し怖くなりながら聞きました。
「家に今、どれくらい貯金ある?」
言った瞬間、怒られると思いました。
「車なんて維持費が高い」
「保険も税金も駐車場代もかかる」
そう言われる覚悟をしていました。
でも妻は何も言いませんでした。
ただ静かに立ち上がり、寝室へ向かいました。
数分後、妻はクローゼットの奥から古い木箱を持ってきました。
鍵を開け、テーブルの上に中身を並べました。
通帳が4冊。
そしてキャッシュカードが1枚。
私はその時点で、なぜか背筋が伸びました。
妻は一冊目の通帳を開きました。
「これは家庭の固定貯蓄」
毎月、私の給料から住宅ローンや光熱費、保険、両親への支援を差し引いた残りを、少しずつ積み立てていたそうです。
最後のページには、約900万円。
私は言葉を失いました。
二冊目は、娘の教育資金。
約180万円。
三冊目は、私と妻、双方の両親の医療費用。
約210万円。
四冊目には、もしもの時の生活防衛費。
そして最後に、妻はカードを一枚置きました。
「ここに410万円ある」
私は思わず聞き返しました。
「どうやって、こんなに……」
妻は少し笑いました。
「あなた、自分の小遣いをあまり使わないでしょ」
「余った分を、いつも『預けといて』って言ってた」
「それも少しずつ足した」
私はそこで初めて気づきました。
自分はお金を妻に“取られていた”わけじゃない。
妻は6年間、誰にも見せずに、この家の土台を作ってくれていたのです。
私は情けなくなりました。
同僚に笑われたくらいで、妻を疑いかけた自分が。
妻はカードを指で押さえながら言いました。
「通勤、きついでしょ」
「車を買うなら、ここから出せばいい」
「あなたが少し楽になって、帰ってから娘と遊べるなら、それが一番いい使い道だと思う」
その言葉で、胸が詰まりました。
私はずっと、自分だけが家族のために我慢していると思っていました。
でも違いました。
一番静かに、一番長く踏ん張っていたのは妻でした。
後日、同僚がまた笑って言いました。
「まだ小遣い3万5千円なの?」
私は今回は笑い返しました。
「うん。でもうちには1700万円分の安心がある」
その場が一瞬、静かになりました。
誰も笑いませんでした。
その時、ようやく分かりました。
男の面子は、財布にいくら入っているかじゃない。
家族が倒れないように、誰と一緒に支えているかなんだと。
私はその夜、妻に言いました。
「これからは毎月、一緒に家計を見よう」
「疑ってるんじゃない」
「一緒に背負いたい」
妻は少し驚いた顔をして、それから笑いました。
私は6年間、給料を渡していたつもりでした。
でも妻は、そのお金を家族の未来に変えてくれていました。
木箱の中に入っていたのは、通帳でもカードでもありません。
この家は大丈夫だと思える、確かな安心でした。