ドアが開いた瞬間、私が予約してお金も払った「特大荷物スペース」が、知らない人のスーツケース3つで完全に塞がれていました。
その日、私は双子を連れて新幹線に乗る予定でした。
ただでさえ子連れの移動は気を使います。
泣かないかな。
通路を塞がないかな。
周りに迷惑をかけないかな。
そう思ったからこそ、事前に何度も調べました。
ベビーカーは畳むと逆に大きくなり、荷物も増える。
だから私は、少しでも安全に移動できるように「特大荷物スペースつき座席」を予約しました。
しかも片道だけではなく、往復分。
座席番号も確認し、車両も確認し、乗車位置まで調べていました。
これで大丈夫。
そう思っていたのに、車内に入った瞬間、私は固まりました。
私が使うはずのスペースに、巨大なスーツケースが3つ。
ぎゅうぎゅうに押し込まれていて、ベビーカーを入れる隙間なんてありません。
後ろからは次々と乗客が乗ってきます。
私はベビーカーを押したまま、通路の真ん中で止まるしかありませんでした。
双子の一人がぐずり始めました。
それにつられるように、もう一人も泣きそうな顔になります。
後ろの人たちの足音が止まり、小さな渋滞ができました。
視線が刺さります。
「すみません」と何度も頭を下げながら、私はスーツケースの持ち主らしき人たちに声をかけました。
「すみません、ここ、私が予約しているスペースなんです」
すると相手は、笑顔で肩をすくめました。
聞こえていないのかと思い、もう一度ゆっくり伝えました。
でも今度は、通路の端を指さして、そこに置けというような仕草をされました。
いや、そこは通路です。
人が通る場所です。
ベビーカーを置いたら、今度は私が迷惑な人になってしまう。
私はスマホの予約画面を見せました。
座席番号。
車両番号。
特大荷物スペースつきの表示。
全部そこに書いてあります。
それでも相手は困ったように笑うだけで、スーツケースを動かそうとはしませんでした。
その時、近くにいた乗客が小さな声で言いました。
「外国の方みたいだし、譲ってあげたら?」
その一言で、胸の奥が一気に熱くなりました。
譲る?
私が?
事前に調べて、お金を払って、周りに迷惑をかけないように準備した私が?
正直、言い返したい言葉は山ほどありました。
でもここで感情的になれば、話の中心が「ルール」ではなく「怒っている母親」に変わってしまう。
だから私は深呼吸しました。
そして、車掌さんを呼びました。
来てくれた車掌さんに、私は予約画面を見せました。
「ここを使うために、この座席を予約しました」
「ベビーカーを通路に置くと危ないので、ここに入れたいんです」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていました。
車掌さんは画面を確認し、すぐに状況を理解してくれました。
そして、スーツケースの持ち主たちに丁寧に説明してくれました。
ここは誰でも自由に荷物を置ける場所ではないこと。
特大荷物スペースつき座席を予約した人が使う場所であること。
未予約の荷物は、別の場所へ移動する必要があること。
説明は日本語だけではなく、相手に伝わるように言葉を変えてくれました。
それでも相手が少し渋ると、車掌さんは車内アナウンスを入れました。
「特大荷物スペースは、予約されたお客様がご利用になるスペースです。未予約のお荷物は置かないようお願いいたします」
その瞬間、空気が変わりました。
さっきまで「譲れば?」と言っていた人は、急に黙りました。
周りの視線も、私ではなくスーツケースの方へ向きました。
私は何も間違っていなかった。
そう思えた瞬間でした。
車掌さんが手伝いながら、スーツケースは別の場所へ移動されました。
大きな箱が一つ、また一つと動いていくたびに、塞がれていたスペースが見えてきました。
そして最後の一つが移動した時、そこには私が予約した通りの空間が戻っていました。
私はベビーカーをゆっくり押し込みました。
驚くほどぴったり収まりました。
通路も塞がない。
子どもたちも安全。
後ろで止まっていた人の流れも、一気に動き出しました。
誰かが小さな声で言いました。
「ちゃんと予約してたんだから、当然だよね」
その言葉を聞いた瞬間、少し泣きそうになりました。
悔しさではなく、救われた気持ちでした。
その後、双子も少しずつ落ち着きました。
私は座席に座り、やっと息を吐きました。
私は誰かを困らせたかったわけではありません。
旅行客を責めたかったわけでもありません。
ただ、予約した場所を、予約した通りに使いたかっただけです。
子ども連れだから我慢しろ。
相手が困っていそうだから譲れ。
空気を読め。
そう言われるたびに、守っている側が損をする。
でも、ルールはこういう時のためにあるのだと思います。
声の大きい人のためではなく、ちゃんと準備してきた人を守るために。
あの日、私が勝ったのではありません。
ルールが勝ったのです。
そして私は、もう必要以上に遠慮しなくていいのだと、ようやく思えました。