「この車、まだあなた名義ですよね?事故の件で確認したいのですが」
保険会社からそう電話が来た瞬間、手に持っていたコップを落としかけた。
なぜなら、そのLSは二年前に売った車だったからだ。
2022年3月。
俺は白いLSを手放した。
相手は知人の紹介で来た男だった。
最初は、やけに腰が低かった。
「今すぐ全額は厳しいんです」
「でも必ず払います」
「分割でお願いします」
そう言って、何度も頭を下げてきた。
残っていた車体代は40万円。
さらに自動車税が20万円。
合計60万円。
正直、安い金額じゃない。
それでも、相手があまりに必死だったから、俺は一度だけ信用することにした。
「必ず払えよ」
そう念を押して、車を渡した。
今思えば、あれが間違いだった。
最初の一ヶ月は、まだ連絡があった。
「今月ちょっと厳しいです」
「来月まとめて払います」
「絶対に逃げません」
そう言われるたびに、俺は少しだけ待った。
でも、その“来月”は一度も来なかった。
振込は遅れた。
電話はつながらなくなった。
LINEは既読すらつかなくなった。
そして最後には、完全に消えた。
その時点では、俺はまだ甘かった。
金を踏み倒された。
そう思っていた。
でも、本当に怖いのはそこからだった。
ある日、郵便受けに見覚えのない通知が届いた。
ETCの未納通知だった。
名義は、俺。
車は、売ったはずのLS。
一気に嫌な汗が出た。
すぐに電話した。
奇跡的に一度だけ、男が出た。
「高速代、どういうことだ?」
すると男は、悪びれもせず言った。
「あー、すぐ払います」
もちろん、払われなかった。
次に来たのは駐車違反の通知だった。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
全部、俺の名前で届いた。
郵便受けを開けるたび、心臓が重くなった。
そして決定打が、保険会社からの電話だった。
「登録名義人があなたになっています」
「事故の件で確認したいのですが」
その瞬間、背筋が凍った。
金の問題じゃない。
これは、俺の名前を使われている。
俺の名義で高速を使い、俺の名義で違反をし、俺の名義で事故を起こしている。
もし人身事故だったら?
もしもっと大きな事故だったら?
もし相手が逃げたら?
責任はどこまで俺に来る?
そう考えたら、怒りより先に恐怖が来た。
その夜、俺は眠れなかった。
翌朝、俺はもう私的に催促するのをやめた。
LINEの履歴。
売買の約束。
振込履歴。
未払いの記録。
ETC未納通知。
駐車違反の通知。
事故連絡の内容。
全部、印刷した。
時系列で並べた。
誰が見ても分かるようにまとめた。
そして、その足で警察署へ行った。
最初は言われた。
「金銭トラブルなので、民事の可能性もありますね」
それは分かっていた。
でも、俺は引かなかった。
「代金未払いのまま、名義変更もせず、連絡も絶って、俺の名義で違反と事故を重ねています」
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