昨日、北陸新幹線の自由席に乗りました。
乗車率100%。
通路まで人。
座れただけでも運がいい、そんな車内。
でも。
座った瞬間、違和感。
上を見て、固まりました。
行李棚が、全部埋まっている。
普通のスーツケースじゃない。
巨大なスノーボードケース。
長い。厚い。横置き。
一つじゃない。
二つでもない。
六つ。
一両に、六か所。
完全に占拠。
私は自分のバッグを持ったまま、立ち尽くしました。
「……え?」
隣の女性も上を見て、ため息。
「これ、置けないですね……」
対面の男性も苦笑。
「全部スキーですね。」
その六人は、外国人観光客でした。
楽しそうに会話しながら、笑いながら、
「ここでいいよね。」
「うん、全部置けた。」
全部置けた。
その言葉に、正直、腹が立ちました。
全部、って何?
全部あなたたちの荷物ですよね?
ここは、あなたたち専用の車両ですか?
私は結局、荷物を足元に置きました。
足は伸ばせない。
列車が揺れるたび、バッグがぶつかる。
でも、誰も何も言わない。
車内は、静か。
さっきまで笑い声が響いていたのに、
行李棚の話題になると、全員が沈黙。
怖いから?
面倒だから?
言葉が通じないかもしれないから?
でも。
だからって、黙るしかないんですか?
正直に言います。
私は外国人観光客だから腹が立ったんじゃない。
もし日本人でも同じことをしていたら、同じように腹が立ちます。
問題は「外国人」じゃない。
問題は、公共空間を当たり前のように占領する態度。
その“当然でしょ?”という空気。
前日も見ました。
三列シートを向かい合わせにして、
靴を脱ぎ、足を伸ばし、笑っている外国人観光客。
自由席。
自由に座れる席。
でも、自由に振る舞っていい席じゃない。
公共交通機関です。
みんなの空間です。
あなたの快適さのために、
他の人が不便になるのは、おかしいでしょう?
スノーボードケースが悪いわけじゃない。
旅行が悪いわけじゃない。
問題は、
「他の人も使う」という前提が消えていること。
六つの巨大なケース。
一両分の行李棚。
それを当然のように使い切る感覚。
そして、
「足元に置けばいいじゃん。」
その一言。
それはあなたが言う言葉じゃない。
本来なら、
「すみません、少し詰めましょうか?」
じゃないですか?
でも、誰も言わない。
誰も動かない。
誰も注意しない。
結果、
守っている人が、狭い思いをする。
これが一番、納得いかない。
日本の公共交通は、
“暗黙のルール”で成り立っています。
でも、そのルールは、
知っている人だけが守っても意味がない。
観光客が増えるのは良いこと。
海外から来てくれるのも嬉しいこと。
でも、
公共マナーは国境を越えてほしい。
自由席は、
「自由に座る」席であって、
「自由に占領する」席じゃない。
昨日の車内。
誰も怒鳴らなかった。
誰も揉めなかった。
でも、
全員が我慢していた。
その静かな我慢が、
一番、息苦しい。
正直に言います。
あれは、さすがにやりすぎ。
公共空間は、
声の大きい人のものじゃない。
荷物の大きい人のものでもない。
みんなのものです。
本当に、
これは普通なんですか?