終電って、空気が独特だ。
みんな疲れてて、目線を合わせない。余計なことは言わない。早く帰りたい。それは分かる。分かるけど――それと「公共の座席を足置きにする」は別だ。
ドアが閉まって、私はようやく座れた。
その瞬間、目の前の空席に、黒い革靴が“ドン”と乗っていた。
対面のスーツの男が、脚をまっすぐ伸ばして、座席を完全に占領している。まるで自分の家のソファ。ここ、電車なんだけど。
一瞬、頭が真っ白になった。
疲れてるのに、視界に入るだけでイライラする。
でも、言うか言わないかで迷う。終電の車内って、注意した側が変な人扱いされることもある。
面倒。怖い。…それでも、あの靴底が座席にあるのは無理だった。
私はなるべく落ち着いた声で言った。
「すみません、ここみんなが座る場所なので、足…下ろしてもらえますか」
男は返事をしなかった。
スマホから目を離さず、ゆっくり私を見上げて――睨んだ。
言葉はない。だけど「黙ってろ」って目だけで言ってくる。
そして、またスマホに視線を戻す。脚はそのまま。
その無言が一番腹立つ。
謝るでもなく、下ろすでもなく、会話の入口すら塞ぐ。
車内の空気が、じわじわ固まっていくのが分かった。
実際、座りたい人はいる。
立ってる人が、空席を見て一瞬だけ身体を向けるのに、革靴に気づいて、そっと目を逸らす。
誰も何も言わない。言えない。
その感じが、妙に“いじめ”みたいで、胸がムカムカしてきた。
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